第33話

「……取材? またっすか?」


 自室のローテーブルの上に置きっぱなしにしているスマホの液晶画面には、『賢哉さん』という白い文字が浮かんでいる。起きたばかりでまだシャワーも浴びていなかった拓海は、重たいまぶたを何度もこすりながら怪訝な声をスマホに向けた。


『ああ。急に話を持ってきて悪いんだが、明日、仕事の合間にインタビューさせちゃくれねえか、だとさ』


 この人、絶対に悪いと思っていないなと確信が持てた。


 どうしてこうもイタズラ好きというか、何でもかんでもノリで決めてしまうんだろう。せめて、まだ寝てると分かっている時間に電話なんかよこさないでほしい。


 ああ~……と何とも歯切れの悪い声をあげていると、スマホから賢哉の「まあ、そうふてくされるなって」と宥めてくるような声が返ってきた。


『今度は別に脱ぐ必要も、モデルと絡む事もないってよ。至って真面目な経済情報誌のインタビューなんだと』


 そう言った後で、賢哉が続けて聞かせてきたその雑誌の名前は拓海もよく知っているものだった。


 堅苦しい読み物は好みではないので熟読した事はないが、その辺のコンビニや書店に行けば必ずと言っていいほど置かれているメジャーな月刊誌だ。表紙のグラビアを飾るのはアイドルでも人気俳優でもなく、有名な実業家や大企業の社長達ばかりである。


「何だって、そんなお堅い雑誌が俺を……?」

『そんだけホストの社会貢献度が高まってるって事だし、お前の知名度も右肩上がりだからだろ。とにかく、頼んだぞ』


 最後は有無を言わさないといった感じで、一方的に通話を切られた。


 賢哉に悪気がこれっぽっちもない事は分かっているが、本当に相変わらずだなと、拓海はがりがりと頭を掻く。憧れで目標だという以前に、自分をここまで育ててくれた雇い主だ。断りを入れるという選択肢など挟める余地がなかった。


 確か、前の女性向け雑誌の時も、こうやって強引に決められたんだったな。また笙あたりが、興奮して大騒ぎしそうだ……。


 頭の中で「うおお! やっぱ拓海さんかっけえ、マジでパねえ!」と叫びまくる笙の大声がいとも簡単に再生されていく。


 それを振り払う意味も込めて、拓海は腰かけていたベッドから立ち上がり、足早に浴室へと向かっていった。

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