第28話

本日も開店直後から『Full Moon』は大盛況であり、No.1ホストである拓海も忙しなくテーブルを移動して回った。


 拓海の噂を聞き付けてやってきた新規の若い客もいれば、そこそこ高い酒を落としてくれる常連のキャバ嬢もいる。中にはこの夜限りと割り切って帰っていく一見客もいたりするが、どんな相手でも分け隔てなく、平等に甘く接するのが拓海のいつものやり方だ。


 そう。五番目に呼ばれた指名テーブルにいたのも、女性客であれば――。


「兄さん!」


 にこにこと笑顔を振りまきながらソファで手を振ってくる智広に、拓海はこめかみのあたりがぴくぴくと震えるのを感じた。大声を出さなかった事を褒めてほしい。


 誰だ、こいつを店に入れたのはと思いながら、フロア中を軽く見回す。全てのホスト達がどこかのテーブルについている中、VIP専用個室へと繋がるドアの所で佇む賢哉を見つけた。拓海と視線が合うと、賢哉は二カッといたずらな笑みを浮かべながらサムズアップしてくる。


(……あんたかぁ! 面倒くさい事しやがって!!)


 決して声には出せない罵声を心の中で思いっきり唱えると、拓海は再び智広を振り返る。拓海だけを指名したのか繋ぎ担当のホストが誰一人いない代わりに、例の松永という男もソファにどんと鎮座していた。


「今日も保護者同伴かよ」


 嫌味たっぷりに言いながら、二人分ほどの間を開けて拓海はソファにどかりと座る。


 大丈夫だ。今日はあの桜の木の下に行ってきた。あの事に比べたら、こいつのストーカーじみた行為と妄言なんか大した事ない――。


「今日も……? ああ、松永の事か」


 一方、拓海の嫌味に全く気付く様子もなく、智広は素直に答えた。


「立場的には秘書って感じかな? 松永は僕が生まれた時から、ずっと面倒見てくれてるんだ」

「いい年して、一人じゃ何にもできないのか」


 ははっと短く嘲笑する拓海に、松永の大きな体が動いた。表情を険しくさせて、太い腕を拓海の方へと伸ばしてくる。


「口を慎め、智広様への暴言は許さん」

「ああ?」

「今この場では、智広様は客のはずだ。誰のおかげで先日のイベントが盛り上がったと思っている?」


 松永の手は拓海の襟元を掴もうとしたが、それを智広の手が遮って止める。「松永っ」と焦る声も聞こえた。


「やめてよ。僕は純粋に兄さんの誕生日を祝いたかったんだ。それが夢だったんだから」

「……」

「ホストとしての兄さんに対して、損得勘定でやった訳じゃないよ。誤解しないでほしいんだ」

「出過ぎた真似をして申し訳ありません」


 すっと身を引き、松永は再びソファにその身を沈める。別に驚いたり、ましてや怯えてしまった訳でもないけれど、ほうっと息を吐いた拓海に智広は頭を下げた。


「ごめん、兄さん。松永の言った事、気にしないで」

「……何しに来た」

「僕が兄さんの弟だって話をしに来た」


 また、それか。もういい加減にしろ。


 拓海はスーツの内ポケットから財布を取り出すと、その中から一万円札を抜いて智広の胸元に押し付けた。

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