第25話
翌日の昼下がり。
天井の向こうからは、トントントンとリズミカルな音が小気味よく響いている。二日ほど前にやってきた「家族」が用立ててくれたお金で、ずっと気になっていた雨漏りの修理をようやく頼む事ができたのだ。
そのリズミカルな音に混じって、さっきまで昼休憩をしていた大工さん達のああでもないとか、こうしていこうかといった相談の声もかすかに耳へと届く。ずいぶん陽気な感じに聞こえるから、きっと昼下がりの日差しが心地よくて仕方ないんだろう。
後でおやつの差し入れでもしようと思いながら、ミチはパソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、ゆっくりと窓の向こうを見やる。そこから差しこんでくる日差しの温かさにうっとりと目を細めたが、ふいに見えた人影に思わず「あっ……」と小さな声が出た。
久々に見る光景だなと、何だか懐かしい気持ちになる。ミチはパソコンをスリープモードに切り替えてから、少し足早に職員室を出た。
ホールの前を通り過ぎ、正面玄関で靴を履いて、そのまま外に出る。玄関から少し離れたその場には、何本かの大きな桜の木が連なるようにして立っている。そのうちの一本の根元にもたれかかるようにして、新藤拓海が腰を下ろしていた。
桜の木はどれも満開だった。ピンク色の無数の花々が静かに目を閉じている拓海の姿を覆ってしまいそうなほどに咲き誇っている。そんな姿を見て、ミチが静かに声をかけた。
「お義父さんとお義母さんなら、まだ病院から戻ってないわよ?」
拓海の閉じられたまぶたがぴくりとわずかに揺れるが、まだ開かない。ミチは続けた。
「子供達も保育園や学校から帰ってくる時間じゃないし」
「……それが分かってるから、こうしてんだろ」
「雨漏り、今日中に直りそうだって。お金余ると思うから、ここにベンチ作ろうか?」
「いらねえ。そんなもんより、もっといいメシ作ってやれ」
拓海の首元には、二日前にミチがプレゼントしたシルバーのペンダントがぶら下がっている。子供の頃からの付き合いであるだけに、拓海の好みをよく知っていたミチはペンダントを指差しながら言った。
「それ、気に入ってくれた?」
「うん、まあ」
「その割にはご機嫌斜めだね」
「……」
「昔から治んないね、拓海のこの癖」
「こうしてたら、どんな事があっても全然マシだって思えるからな」
そう答えて、拓海はそっと両目を開いた。
幼い頃から、拓海は何か嫌な事がある度に、この桜の木の根元へとやってきた。そして、そこに腰を下ろして両目を閉じ、自分の中の一番古い記憶を思い出すというルーティンを繰り返してきた。
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