第24話

「ごちそう様でした」


 小一時間ほどで食事を終わらせた後、智広が懐から財布を取り出そうとしているのを見て、拓海が「おい」と声を出した。


「まさか全部出すつもりじゃないだろうな」

「そのつもりだけど」


 智広はまたきょとんとした顔で首をかしげた。


「僕がここに連れてきたんだから、僕が払うよ」

「ふざけんな。俺と笙の分は、こっちが出す」

「何で? 嫌だよ、兄さん。僕に出させてよ」

「お断りだ」


 きっぱり言い切ると、拓海も懐から財布を取り出し、そこから一万円札を抜き取る。だが、絶対にそうさせまいと智広はまた拓海の左腕を掴んできた。


「僕が払うってば」


 拓海は顔をしかめる。こいつ、何でこんなにバカ力なんだよ……!


「離せ、俺達はもう帰る」

「お、送るから」

「この上、家まで知られてたまるか。いい加減にしねえとストーカーで訴えるぞ」

「……っ、じゃあお土産! ここの餃子テイクアウトできるんだ。おいしかったでしょ? 松永の分を頼んでるから、兄さんもよかったら」

「いらねえよ、いいから離せ」


 これ以上、こいつに関わりたくない。そう思うと何だか少しだけ力が湧いたような気がして、拓海は思いきり左腕を振る。すると意外と簡単に智広の手は外れ、その勢いもあったのか彼の財布もぼとりと床に落ちた。


「あっ……」


 智広の短い声に、つい反射的に床へと視線を落とす。そこには財布からはみ出るように、一枚の古い写真があった。


 セピアに色褪せたその写真には、小さな男の子が一人写っていた。


 何故かずいぶんとしわくちゃな上に、上の方からほぼ半分に引き裂かれたような痕があり、それをセロハンテープで繋ぎ留めている。


 そんな写真に写っているその男の子は上半身が裸で、今にも泣きだしそうな表情をしていた。その右肩には、幼い身にはあまりにも痛々しい大きな傷が――。


「あれ? この傷って」


 同じように床に視線を落とした笙も写真に気付いて、思わず声を出す。その続きを聞きたくなくて、拓海は勘定も忘れて店から飛び出した。


「あ、拓海さん!」


 笙の慌てる声が背後から聞こえてきたが、無視して早足で道を進んでいく。


 何だ、あの写真は。


 あの右肩の傷。どう見ても、あれは俺と同じ場所だ。あんな写真を持ってるって事は、あいつの言ってる事は、まさか本当に――。


 いや、そんな事あるものかと、曲がり角を一つ曲がった所でぴたりと立ち止まり、頭を何度も横に振る。そこへ背後から誰かの足音が近付いてきた。


「あ、あの……」


 はっとして、肩越しに振り返る。そこにいたのは、彰人だった。


「わ、悪い」


 勘定をしていなかった事をすぐに思い出し、拓海は慌てて財布を掲げた。


「食い逃げするつもりじゃなかった。今すぐ払う」

「いや。代金は佐嶋からもらったんで、大丈夫です。それより」

「あ?」

「あいつ、本当にずっとあなたを捜してたんです。ホームドラマみたいに、兄さんと楽しく食事をするのが夢なんだって、小学生の頃から言ってて」

「あんた、あいつの友達か何かか?」

「小学校の時の同級生です」

「だったら、言っといてくれ。俺はお前の兄貴じゃねえから、これ以上しつこくするなって」

「それは、ちょっと無理な相談です」

「何でだよ」

「写真見ましたよね?」


 そう聞くと、彰人は少しうつむき加減になった。それがどうしたと拓海が促すと、


「あの写真、あんなにボロボロにしたの俺なんです。その時、佐嶋に超キレられたから」


 まるで懐かしい思い出話をするかのように、彰人はそう言った。

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