第23話

「ここはね、チャーシューメンが一番おいしいんだ」


 拓海と笙をテーブル席の一つに強引に座らせると、智広はチャーシューメンを三杯と餃子の三人前をさっさと注文した。勝手に決めるなと拓海は言いたかったが、メニュー表を手にした笙が「すんません、チンジャオロースもいいっすか」などとのんきに言うので、またタイミングをなくす。


 くそっ。本当なら、それなりに品のあるいい店にこいつを連れていくつもりだったのに。こんなラーメン屋じゃ格好がつかないだろうが。


 両腕を組み、壁をにらみつけるようにして智広や笙から顔を背けている拓海の耳には、先ほどから厨房で調理している音が届く。茹で上がった麺を湯切りする水音、中華鍋の上で餃子がバチバチと焼き上がっていく音、チンジャオロースの具材を手早く炒めていく小気味いい音――。


 それに加えてうまそうな匂いも鼻孔をくすぐってくるので、思わず腹が鳴った。さほど大きな音ではなかったのが幸いして、二人には聞こえていなかったようだが、拓海はひどく恥ずかしくなった。


 やがて、「お待ちどう様」と言いながら、油で薄汚れた腰巻エプロンを巻いた彰人が注文した品々を運んできた。どれもこれも見た目はシンプルなものばかりで、チャーシューメンなどスープに浮かんでいる具材に凝ったものは見当たらない。


「ありがとう。それじゃあ、いただきます」


 そんな普通の見た目の食事に向かって両手を併せると、智広が一番最初にチャーシューメンを食べ始めた。ひと口分を勢いよく吸い込んで、次にレンゲを使ってスープを飲む。そして、幸せそうにほうっと息を吐いた。


「うん、おいしい。やっぱり、おじさんのラーメンは一番だなぁ」

「お前、昔からそればっかりだな」


 彰人が少し呆れたように、しかし嬉しそうにそう言う。


 そんなにうまいものなのかと、拓海も箸を手に取ってひと口分を啜る。横に並んで座っていた笙も、ほぼ同じタイミングでチャーシューメンと餃子を口の中に入れた。


「うまい」


 二人の口から同じ言葉が出た。特に拓海は、これは好物という事を差し引いたとしても、文句のつけようもないほどにうまいと正直に思ってしまった。


「そうでしょ、そうでしょ!?」


 それを聞いて、智広が嬉しそうに声を弾ませた。


「この店のメニューは、どれも全部おいしいんだ! 兄さんに気に入ってもらえて、本当によかった!」

「あ、ああ……」


 智広のあまりにもものすごい興奮ぶりに、拓海は頬を引きつらせながら返事をする。笙は「そうっすね、気に入ったっす!」と皿ごと食べそうな勢いでチンジャオロースをかきこんでいた。


「お前、喜び過ぎ」


 そんな智広を見て、彰人は目を細めてそう言った。

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