第21話

「……へい、らっしゃい! て、あれ? 何だ、佐嶋君じゃないか。おいおい、久しぶりだなあ」


 黒塗りのリムジンが二十分ほどかけて走りついた先は、まぶしすぎる電光がやむ事のない繁華街のどこかでもなければ、フランス料理を出すような高級レストラン専用の駐車場でもない。普通の住宅街の一角にある小汚いラーメン店の前だった。


「おいしいお店を知ってるから、そこに行こうよ」


 三人が乗ってもまだ広さに余裕があるリムジンの後部座席で、拓海は何度も降ろせという言葉を繰り返したが、智広は全く動じる事なく笑顔を見せた。


「兄さんなら気に入ってくれると思う。味に関しては絶対の保証をするよ」


 ペルフェクションをぽんと落とせる奴の言う事だ。どれほどの高級店に連れていくつもりかと思っていたが、まさかラーメン屋とは。想定を遥かに超えた展開と、昨日とあまりにもかけ離れたギャップに、リムジンから降りた拓海は頭が痛くなった。


「ふざけんなよ。何でラーメンなんだ」

「え? だって兄さん、ラーメン好きでしょ?」


 さらにいろいろと文句を言い連ねてやろうとした拓海だったが、それを遮るように言葉を挟んだ智広はきょとんと首をかしげる。拓海は、思わずうっと短く呻いた。


 何でこいつ、俺の一番の好物を知ってんだよ……。


「あれ? 拓海さん、ラーメン好きなんすか? 確かプロフィールじゃ、トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼが好物だって書いてあったのに……いった!」


 不思議そうに余計な事を尋ねてきた笙の頭を、とりあえず平手ではたく。確かにその通りだが、それはあくまでホストとしての営業用のプロフィール。女受けしそうなものを好物として書いておけば好感度が上がりやすくなると賢哉から教わったから、言う通りにしたまでの事。


 その賢哉にはもちろん、他のホストの誰にも自分の本当の好物はラーメンだなんて話した事はない。何となくかっこ悪いような気がしていたし、これからも話すつもりがなかった事をどうしてこの男は知っているのか。


 いらだちもあったが、それ以上に薄気味悪いものもある。いよいよ智広に対して、何かしらの対策を取るべきかと考え始めた拓海をよそに、当の本人は慣れた足取りでラーメン屋の入り口の暖簾をくぐり抜けていく。そして、先の野太い男のかけ声が聞こえてきた。


「お久しぶりです、おじさん。ちょっと入院しちゃってて」

「ああ、新聞見たよ。もうびっくりしたぞ、大変だったなぁ」

「ご心配をおかけして、すみません」

「何の何の。また会えて嬉しいよ、おっちゃんは!」


 ラーメン店の中は、さほど広くなかった。テーブル席が三つ、後はカウンター席が四脚だけといったシンプルな構造であり、そのカウンターを挟んだ厨房の中から六十前後と思われる男が顔を覗かせて、智広を見つめていた。

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