第18話

ひとしきり口の中から空気を吐き出した事で、ようやく落ち着いたのだろう。賢哉は少し表情を取り繕ってから「じゃ、改めて」と口火を切った。


「今月のNo.1は……言わずもがな拓海だ! 売り上げ総額は四千五百万!!」


 賢哉が言い切るかどうかというタイミングで、ホスト達の野太い歓声がフロア中に響き渡る。もう何度も繰り返してきた光景に慣れはしているものの、耳をつんざく勢いを持つ男どもの歓声はやはり好きになれない。


「ありがとうございます」


 ホスト達の列から一歩前へと踏み出し、賢哉の前に立つ。賢哉の両手にはとても分厚い給料袋が四つもあった。


「ご苦労さん。まあ、来月もこの調子でな。次は女性のお客様からペルフェクションもらえるといいな?」

「うっ……頑張ります」


 また頭が痛くなるような事を言われて、拓海は少し言葉が詰まる。背中の向こうで何やら小さく笑い声が聞こえてくるが、どうせ万年No.2ホストの紫雨しぐれあたりだろう。


 案の定、その紫雨から揶揄とも思える言葉がかかってきた。


「そうですよね。まさか拓海さんにあんな男の太客が付くなんて。コアなファンができてよかったっすね」

「あいにくそんな趣味はねえよ」


 肩越しににらんでやると、「おお、こわっ」と紫雨は肩をすくめる。この次に呼ばれた紫雨の売り上げ成績は拓海よりずいぶんと下回っていたし、給料袋の数も少なかった。


 その様にざまあみろという思いもあるにはあったが、今月これだけの売り上げを伸ばす事ができたのは、紫雨の言う通り、あの青年のおかげだった。


 青年――佐嶋智広が帰り際に賢哉に注文したペルフェクションは、一言で言うならば超がいくつあっても足りないほどの高級ブランデーだ。


 シリーズによっては世界に数百本程度しか生産されていないほどの希少種もある上、取引価格となると、新築の豪邸とさほど変わらない値段が付く場合もある。


 『Full Moon』にそんな貴重なブランデーがあったのも、賢哉が一時期そういった価値の高い酒の収集にはまっていたからだ。すぐに飽きてしまったものの、宣伝代わりになると思ってフロアの一番奥かつ、かなり目立つ位置に飾っていた。


「確かに紫雨の言う通りだな」


 ホスト達全員の給料を渡し終え、解散といった頃合いになって、賢哉が拓海を呼び止めた。


「あの兄ちゃん、なかなかの目利きとみた。あの若さでペルフェクションだと見抜くとはな。俺のコレクションも浮かばれるってもんだ」

「おいしく戴きました、ありがとうございます。一生忘れません」

「ところで、あの兄ちゃんが言ってたのは本当なのか? あいつがお前の」

「まさか、そんな訳ないっしょ」


 賢哉が全部を言い切る前に、拓海はぴしゃりと遮った。


「俺に血の繋がった家族なんてもんはありません」

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