第17話
翌日。『Full Moon』は週に一度の定休日の為に入り口を閉めていたのだが、同時に給料日でもあったので、在籍しているホスト達は、一名を覗いて午後五時までにフロア内に集まっていた。
「おいおい、笙はまた遅刻か。誰か連絡聞いてる奴は?」
二十人を超すホスト達が自分の目の前にずらりと整列した様を眺めてから、賢哉が呆れ返った声をため息と共に出す。すると、笙とほぼ同時期に入ってきた新人ホストの一人がスマホを片手に言った。
「大学の単位がヤバいとかで、ギリギリまでコマを受けていたそうです。今、こっちに向かっているとLINE入りました」
「苦学生は大変だな。まあ、昨日もだいぶ飲まされてたし、大目に見てやるか。それじゃ、始めるぞ」
賢哉の「始めるぞ」という言葉に、その場にいるホスト達の背中に緊張が走った。
給料日という事は、すなわちそのひと月分の売り上げ成績が如実に明かされるという事。普通の企業であれば口座振り込みが妥当なのだろうが、『Full Moon』は賢哉から直接給料が手渡される。そうすれば労働への感謝が生まれると共に、視覚的にも優劣がはっきりつくからさらに張り合いが出るだろうという彼独自の発想によるものだった。
「じゃあ、今月も売り上げ一位から……くくっ、名前呼んでいくぞっ……。ぷぷっ……」
かつて伝説のホストと銘打たれ、現役を引退した後もオーナーとして仕事には厳しい姿勢を見せる事もある賢哉だったが、素の性格としてはひょうきんがあって年下の者への面倒見もいいので、彼に憧れて『Full Moon』の扉を叩く新人は多い。
そんな彼らに無様な姿を晒すまいと、特に給料日の時など賢哉は声色を低くして売り上げ成績の順位を発表するのだが、今日この日ばかりはとてもそうできなかった。
先ほどからずっと我慢していたのだが、ついに限界が訪れる。それでも大笑いをしないように口元をちょっとだけすぼめて、少しずつ吹き出すようにしているので、その様子をすぐ目の前で見ていた拓海はあからさまに不機嫌な顔となった。
「……どうせなら、思いっきりバカ笑いしてくれた方が救われんっすけど」
「いやいや。それはお前に失礼だろ。昨夜、お前は確かに俺を超えたぜ。くくっ……」
それを聞いて、拓海はとても小さな舌打ちをした。
確かに、いつかは賢哉を超えるホストとなりたかった。賢哉はその為の大きな目標だったし、他の連中と同様に憧れの存在だ。そして、彼と肩を並べられるくらいの伝説を作り上げたいと思っていた。
それが、あまりにも不本意な形で叶ってしまったのだ。拓海は昨夜からの頭痛がますますひどくなってきたような気がしてならなかった。
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