第15話

「さ、佐嶋さじまさん、お久しぶり。元気になったのね……」


 明るい声色で挨拶をした青年とは正反対に、女社長は声を詰まらせて何とか返事をしたといったところだった。頬のあたりはぴくぴくと引きつっているし、居心地が悪そうに両目がキョロキョロ動いている。


 それに気付いているのかいないのか、青年は「はい、おかげ様で」と変わらない口調で話を続けた。


「ようやく担当医から外出許可が出ました。それでなくても、うちの松永がもう心配症で。仕事にも影響はないのに、家にいろとの一点張りだったんです」

「智広様がわがままばかりをおっしゃるからでしょう。そのたびに振り回される私の身にもなっていただきたい」

「まだ根に持ってるんだね、松永」


 肩越しに男を見てあははっと楽しそうに笑う青年と、その身を縮ませる女社長。そんな二人を交互に見て、拓海はさらに訳が分からなくなりそうになる。


 何だ、美也子様の知り合いなのか? でも、それにしては若すぎる。どう見ても、俺より年下だ……。


 二人の会話に入っていけずに、逆に自分が押し黙ってしまっている。賢哉や他のホスト、果てには女達も何が何だか分からず、呆然としてしまっているようだ。


 そんな空気をいとも簡単に消し去ったのは、松永と呼ばれた男だった。


「金城様」

「な、何よ……」

「息抜きをされているところに恐縮ではございますが、そろそろお帰りになった方がよろしいのでは? 先ほど、ご主人から智広様の方にご連絡がありましたが」

「えっ!?」


 主人という単語に、女社長の顔色がまた一段と青白くなる。なのに、松永という男はさらに言葉をたたみかけた。


「お節介ながらも申し上げますが、いくら婿養子といえども、あまりご主人をないがしろにされるのはいかがなものかと。今やご主人の業績はあなた様より上ですし、幹部の方々も味方に付き始めたという噂も……」

「ご、ごめんね拓海、急用ができてしまったわ!! 後は皆で楽しんで!!」


 松永の言葉を遮るようにしてそうまくし立てると、女社長は勢いよくソファから立ち上がり、黄金色に輝くシャンパンタワーに見向きもしないで入り口の向こうへと走り去っていってしまった。


 自分達の横をすり抜けていった女社長に「金城さん、また」と短い言葉をかけた後で、青年は松永をじいっと見上げた。


「意地悪な事を言ったらダメじゃないか、松永」

「申し訳ございません、智広様。あまりにもご主人が気の毒だったもので」

「お前の心配症は、もう病気の類だな」


 また、青年があははっと笑う。だが、女社長の去っていく姿を見送る羽目になった拓海はとても笑える心境ではなかった。


「おい!」


 さっきまで落ち付こうとしていたのに、また火を点けられてしまった。今度はどうにも許しがたく、拓海はつかつかと近寄ると青年の首元を掴み取った。

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