第13話

互いを見つめ合うようにして座っている二人は、大音量のBGMと周囲がもたらす独特の雰囲気にのまれて、青年の接近に全く気が付かない。特に女社長は、空いている方の手で拓海の右肩に触れようと躍起になっていた。


「あのグラビア見たわよ、なかなか素敵じゃない」

「ありがとうございます、美也子様」

「ねえ、ここにキスしていい?」


 例の雑誌のコラムと全く同じセリフが、女社長の口から飛び出す。その指先はお菓子をせがむ子供のように、ゆらゆらと傷跡に向かって揺れていた。


 今日の酔い方はだいぶ悪いな。俺が来るまでにどれだけ飲んだんだか……。


 そう思いながらも、当然嫌とも言えず、拓海は微笑みだけを返す。女社長はそれをと受け取ったのか、グラスを高く掲げて「もう一度乾杯しましょう」と甘ったるい声色で言ったその時だった。


「……に、兄さん!」


 突然聞こえてきた青年の声は、BGMがほんの一瞬途切れた頃合いを見計らったかのようなタイミングでフロア中に響き渡った。


 ここはホストクラブだ。今日という日でなくても、開店中は常にたくさんの女達の甲高い声で埋め尽くされる。なのに、その青年の声はこの場にいる誰よりもよく通り、拓海の鼓膜にもしっかり届いた。


「は……?」


 当然、拓海には状況が理解できなかった。いぶかしみながら声が聞こえてきた方に顔を向けると、すぐそこに一人の青年が突っ立っているのが見えた。


 両手のこぶしをぎゅうっと緊張気味に握りしめ、少々鼻息を荒くしながらソファに座っている拓海を見下ろすような格好となっている。少し長めの髪を明るいブラウンに染め上げている拓海とは違って、短髪に黒髪といった見栄えのしない髪型だった。


 初めて見る顔だな、と拓海は思った。


 ホストクラブにやってくる客は、当然の事だが全て女だ。ごくたまに男が来る事もあるが、大抵はホストに入れ込み過ぎた女を連れ戻しに来た身内か、ホスト志望の若造だったりする。


 そういや、笙も初めて『Full Moon』に来た時、こんなふうに緊張してたっけな。後で様子を見に行ってやるか。もう少しうまい酒の飲み方も教えてやらねえと。


 そんなふうに思いながら、拓海は持っていたグラスをゆっくりとテーブルに置き、青年をまっすぐ見据えた。


「悪い、今日は面接やってねえんだ。見ての通りでさ、ホスト志望なら後日改めて来てくれるか?」

「い、いえっ。そうじゃなくて!」


 青年は必死になって首を横に振った後、自分の後ろに控えるようにして立っていた男を振り返った。


「松永、あれを」

「はい、智広ちひろ様」


 青年よりひと回り以上は年上かと思われる男は、手に持っていた大きめの封筒を差し出してくる。青年は慌てるようにそれを受け取ると、いそいそとその中身を取り出した。

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