第12話

「さあさあ、さあさあ! いっちゃうよ、いっちゃうよ!」

「美也子様からのシャンパンタワーがいっちゃうよ!」

「それそれ、それそれ! とくと見よ!」


 大音量のBGMと後輩ホスト達のかけ声と共に、ドンペリゴールドのボトルがシャンパンタワーのてっぺんで傾けられる。黄金色に輝く炭酸の液体がうず高く積まれたシャンパン達の間を滑るように伝っていき、美しい様を見せていた。


 先ほどまで羨望と嫉妬で唸っていた他の女達も、これにはほうっと感嘆のため息を漏らす。まだ妬ましそうにしている者もいるにはいたが、このめったに見られない光景に目を奪われてしまうのは仕方なしといったところだった。


「美也子様、ありがとうございます」


 全てのシャンパンが黄金色に染まったのを見届けた後で、拓海は満面の笑みを女社長に向ける。「いいのよ」と相変わらずご機嫌な女社長は、近くにあったグラスを持ち直して軽く掲げた。


「私の愛する拓海の誕生日よ。皆、今夜は盛大に飲み明かしましょう」


 今日の客の中で、一番多く金を出すであろう者からこんな事を言われてはもう盛り上がるしかない。ホスト達の野太い歓声や他の女達の甲高い悲鳴は、もはや止まりそうになかった。


 そんな中、『Full Moon』の入り口ドアがゆっくりと開かれていた事に気付いた者は、一人もいなかった。


 普通ならば受付を担当している新人ホストが案内をするのだが、笙は今だトイレで吐いているし、他の新人も女社長の言葉につい盛り上がってしまって、入り口の方を気に留めてすらいない。


 だから、ホストクラブという場には決して似つかわしくない、二人組の男が入店してきた事に誰も気が付く事はなかった。


「やっと、見つけた……」


 二人組のうち、前を先立って歩いていた若い男がぽつりとそう言った。社会人らしくぴしりとした灰色のスーツを着ているものの、まだわずかに幼い顔立ちをしており、下手をすれば未成年と間違われても不思議ではない。


 そんな青年に付き従うかのように歩いていたもう一人の男は、実にたくましい体つきをしていた。だが、青年より頭一つ分大きいのに、物静かについて歩いているその様は決して目立つ印象を与えない。


松永まつなが、あの人で間違いないんだよね?」


 青年が肩越しに振り返って緊張気味に問いかける。男はこくりと頷いた。


「先ほど、写真でご確認していただいた通りです。間違いなく、新藤拓海様でございます」

「うん……」


 はあっと大きく息を吐き出して、青年は前方を見据える。その視線の先には、女社長とグラスを合わせている拓海の甘い笑顔があった。


「よし、行こう」


 青年は決意したと同時に、その歩幅を大きくして先に進む。


 フロアの中のスタンド花やテーブルの間を縫うように歩き続け、拓海と女社長の座っている席から一メートルほど離れた所で、彼はぴたりと止まった。

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