第10話
「……さあさあ、やってきました今日この日! そこのかわいいお嬢様も可憐なマダムも色気たっぷりの社長さんも、待ちに待った記念すべき夜!! 皆、本日の主役呼ぶ!? 呼びます!? 呼んじゃいますか~!?」
マイク片手に音量最大でパフォーマンスを繰り広げている笙の声が、フロア内の壁にぶつかって反響する。一部が鏡張りとなっている為に振動で細かく震えたようだが、テンションが最高潮に達している客の女達はその事に全く気付いた様子がない。
客達の年齢層は、実に様々だった。
まだ二十歳そこそこと思えるような顔立ちや服装の者もいれば、同じく夜の世界で働いているであろう化粧が濃い者。派手なアクセサリーと共に、そうそう得られるものではない威厳をもまとっている壮年の者と、およそ百名近い女達がフロアの奥に見えるドアに視線を集めていた。
「拓海~!」
「拓海、早く出てきて~!」
「拓海、愛してるわよ!!」
『太陽の里』とはまるで毛色の違う女達の金切り声をドア越しに聞いて、拓海は小さく笑う。それを真横で見ていた賢哉が、新調されたスーツに身を包んだ拓海の右肩に軽く手を置いた。
「今更、緊張か?」
「まさか。でも、この格好はどうもね」
「お前が雑誌なんぞで、あんな痴態さらすからだろ。それもお前の武器だとのたまってんだから、今日くらいは派手に見せつけてやれ」
「了解っす」
拓海、来て~! と何十にも聞こえてくる女達に応える時間がやってきた。拓海はドアノブに手をかけ、賢哉と共に悠々とした足取りでフロアに姿を現した。
途端、女達の悲鳴がフロアを駆けた。先ほどまで響いていた笙のマイクパフォーマンスなど一瞬で掻き消し、黄色い声などという陳腐な表現なども飛び抜けていく。それほどまでに、この日の拓海の姿は美しく際立っていた。
近頃、ネクタイを締めているホストなどはだいぶ減った。スーツ自体は着ているものの、だいぶカジュアルな雰囲気で着こなす者も増えてくる中、照明に照らされて光沢を放つ黒の上下を身にまとった拓海の首元はかなりはだけていた。
襟幅の広い真っ白なシャツのボタンを二つ三つほど外してさらしていれば、首だけではなくきれいに浮き上がっている鎖骨、強いては肩のあたりまでちらちらと見えてしまう。女達の視線は、拓海の右肩にある傷跡へと注がれていた。
「いや~! 拓海、セクシーよぉ!」
「拓海、お誕生日おめでとう~!」
「拓海ぃ~!」
次々と好き勝手に言葉を放ってくる女達に、拓海は順番に手を振り、営業スマイルを振りまく。そして数メートル歩いてきた所に駆け寄ってきた笙からマイクを受け取ると、ゆっくりと口元に添えてベルベットの声色を出した。
「皆さん、こんばんは。拓海です。ようこそ『Full Moon』へ。俺なんかの為に時間を割いてくれて、本当にありがとう。忘れられない、楽しい夜にしような」
そこで再び、女達の悲鳴がフロア内に響き渡った。
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