第9話

数時間後。ホストクラブ『Full Moon』は、これでもかと言わんばかりに色とりどりに飾られた高級スタンド花の数々で埋め尽くされた。


 『Full Moon』は街で一番高い賃貸ビルの三階フロアを丸々間借りしている。


 ゆえにそれなりの広さを誇ってはいるものの、トラックの荷台いっぱいに届けられたスタンド花は店内に収まり切るはずがなく、フロア入り口は元よりビルの周辺にも溢れ返っている。当然の事だが、スタンド花に添えられているカードに記された宛名は、本日の主役のものだ。


 トラックが『Full Moon』に到着したのとほぼ同時に、ビルの外壁に掲げられていた大きな看板の取り換え工事も完了した。それをビルの足元で見上げていた拓海は、ちょっとやりすぎだろと苦笑を漏らす。


 賢哉に言われて、つい最近撮り直した写真を使った物だった。


 カメラ目線で真正面を見据えている己の顔が、夕焼けのオレンジ色が陰っていこうとする空の中、幾多もの加工を施されてライトアップされていた。何十もの電球を周りに散りばめた看板のまばゆさが人工的に作られた拓海の色気をさらに倍増させている。


 ここが『太陽の里』から離れていてよかった。こんなもん、先生が見た日には、心臓がいくつあっても足りやしねえし。


 看板に掲げられている拓海の顔の下あたりには、『Full Moon No.1ホスト拓海 本日生誕祭』などと非常に分かりやすい文句が綴られている。


 今夜ひと晩の為だけに、こんな大仰な物を作ってもらったのだ。賢哉の顔を立てる意味も込めて、今夜は盛大に盛り上げないとな。


 漏れていた苦笑は、頬を引き締める事で打ち消した。


 ここからは、あの看板と同じ表情を保ち続ける。『Full Moon』No.1ホストとしての顔、仕草、言葉、その他諸々を全身くまなく染み渡らせるのだ。指先一つにまで気を抜く事はできない。


 ふうっと大きく深呼吸をして、拓海はビルの中に入っていく。


 フロアまでずっと続いて立ち並んでいるスタンド花から香る匂いが、これからやってくるであろうたくさんの客達の姿を連想させて、拓海はわずかに目を細めた。

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