第3話

「……ぎゃあ~! 何だこれ! エロい、エロ過ぎるぅ~!!」


 開店一時間前のホストクラブ『Full Moon』のメインルームは、準備中という事もあって、天井からの照明はまだ少し落とされている。


 そのせいで若干読みにくいだろうと思っていたのに、献本された某女性向け雑誌を見ていた二十歳の新人ホストのしょうは、とびきりデカい声をあげて、背中をのけ反らせた。


 笙が開いているページは、その雑誌が定期的に企画している一つの人気コーナーを載せていた。


 概要は、端的に言えばセミヌードだ。世間から注目を集めている人気若手俳優やイケメンアイドルなどをピックアップし、シャワーを浴びる様子や女性モデルとのラブシーン、果てはベッドシーンを匂わせる絡みの写真とコラムを載せるというもの。


 鍛え抜かれた肉体美を惜しげもなく披露し、見切れてはいるものの半裸の女性モデルとの甘くて熱のある視線を交わし合う。間違いなく官能的な類に当てはまるはずなのに、女性向けの人気雑誌に掲載されているというだけで、芸術的な作品に仕上がるのだから不思議だ。


 今回、この人気コーナーに呼ばれたのは、俳優でもアイドルでもなく、一人のホストである。


 ホストクラブ『Full Moon』と、その不動のNo.1ホスト拓海たくみ。この二つが街で大きな知名度を誇るようになったのは、とある小さなドキュメンタリー番組がきっかけだった。


 夜の街をテーマにしたその番組のスタッフが、たまたま『Full Moon』に立ち寄って撮影の許可を申し出てきた。気前がいいと言えば聞こえはいいが、あまり深く考慮せず、その場のノリで物事を決めてしまう『Full Moon』のオーナーが二つ返事でOKを出した事で、拓海への取材が始まった。


 始めはひどくありきたりな質問を繰り返したり、拓海の接客の様子を淡々と撮っているだけだったが、ある事を知ったスタッフの目の色ががらりと変わった。そして、それすらも己の武器にして女性達の心を鷲掴みにしていく拓海に、強い関心を覚えたのだ。


 そういう経緯の下、様々なつてを介して『Full Moon』と拓海の存在は知れ渡っていき、ついに某女性雑誌の人気コーナーを飾る事となった。


 撮影したのは約ひと月ほど前で、発売前に送られてきた献本を更衣室に投げ出していたら、三ヵ月前に入ってきた新人にあっという間に奪われ、彼を中心とした後輩達による観賞会が始まったという訳だ。


 そして今、笙の大声を筆頭に後輩達の「すげえ!」「エロい!」「パねえ!」といった短い言葉の感想がメインルームに響き渡っている。それに顔をしかめながら、スーツ姿の拓海が「お前ら、うるせえよ」とたしなめた。

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