第122話
「……うおっ!? 何だよ、聡。そのむくれっ面はよ!?」
「むくれたくもなるってもんですよ」
結局今日一日、ユズリハ探偵事務所に依頼の電話は一件もかかってこず、杠葉さんと今日子ちゃんはただひたすら「やります」「ダメよ」を延々と繰り返していた。何とかその合間を縫って事を聞き出したかったけど、杠葉さんはそんな隙を一切与えてくれずに、トイレの次は窓、窓の次はゴミまとめ、ゴミまとめの次は給湯室の水回りと、とにかく掃除ばかりを俺に押し付け続けた。おかげさまで掃除のスキルが上がった気がするから、今から清掃会社に転職してやろうかと絶賛目論見中って訳だ。
でも、そうしてやる前に愚痴を聞いてもらいたくて、無理を承知でタツさんを電話で呼び出した。幸いにも健太君の熱が少し落ち着いて、今のうちに必要な物を買い揃えようと出るところだったから少しだけならという条件で、タツさんは待ち合わせ場所のスーパーの前まで来てくれた。
「何だよ。女性陣二人に挟まれて、おいしい思いができなかったのか?」
「そんなんじゃないですよ。ただ、今日子ちゃんが何だか変で……」
からからと笑いながら先にスーパーの中に入っていくタツさんの背中に向かってそう言うと、その瞬間、タツさんの纏っている空気が一気に変わった。
きっと、他のスーパーの客は微塵もそんな事に気付いてないんだろうが、ここ数ヵ月を皆と一緒にいた事で、探偵の心得の一つである『常に人の気配に敏感である事』が少なからず身についてしまってたんだろう。俺がそろそろと視線を上げてみると、タツさんは肩越しにこっちを振り返っていて、ひどく焦ったような表情を浮かべていた。
「おい、まさか今日子ちゃん……早まったのか!?」
小走りで俺の元へと戻ってきたタツさんが、ずいぶんと早口で俺に問いただしてくる。ぐっと俺の両肩を掴んできたタツさんの手は震えていた。
「杠葉さんは無事か!? どこもケガしていないよな!?」
「そ、それは安心していいよ、タツさん。二人とも、俺が帰るまでずっと会話ばっかりしてた」
「そうか、そりゃよかった……!」
俺の肩を掴んだまま、顔を下に向けて、はあ~っと大きな息を吐くタツさん。その心底安堵したって感じの様子に、俺はますます訳が分からなくなる。いったい、何がどうなってるんだよ。
「タツさん、何か知ってるのか?」
俺がそう問いかけると、ぱっと顔を上げたタツさんが一度周りを気にするようにきょろきょろと見回す。そして、再び俺に背中を向けると、「歩きながら話すぞ。立ち話するには、あまりにも重いからな」と小声で答えてきた。
「……正直、俺もそんなに詳しい訳じゃない。だけど一度だけ、たまたまその場に居合わせて驚いたぜ」
「え、何が」
「今日子ちゃん、杠葉さんを刺そうとしたんだよ」
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