第120話

「……い、いや! でもたまに、ほのぼのした依頼だって来るんだろ? 例えばほら! 昨日俺が電話番で受けた、飼い猫探しの奴とか!」

「ペット探しは苦労が多い分、あまり報酬を高く釣り上げられないんで、裏オプションより赤字になる事も多いんです」

「あっ! だからタツさん、昨日はあんなに面倒くさがってたんだな!?」

「そうでしょうね。相場とペットの血統は正比例しませんから、もしかしたら曽我さんの一番の苦手分野かも知れませんよ?」

「ああ、もう! 今度同じような依頼来たら、絶対一緒に引っ張り出してやる!」


 昨日、虫取り網片手に一人ですばしっこい猫を一日中追いかけ続けていた事を思い出すと、ムカムカと腹の底が煮えてくる。それを何とか鎮める為にその場で地団太を踏んでいたんだけど、俺のその様子を見て、今日子ちゃんがまた静かにクスクスッと笑った。


 いつもそうやって、笑っていればいいのに。そうすれば、きっとこの事務所だってもう少し明るい雰囲気になるだろうし、強請り屋なんて裏オプションも、結局は誰かを助ける為に使ってる手段になり得るのなら、俺だってもう少しは……。


 そんなふうに思いながら、俺が自分のデスクの周りの掃除に取りかかろうとした時だった。


「そんなっ……!!」


 突然、ひゅうッと大きく息を飲む音が聞こえてきたと思ったら、その次に事務所の中で響き渡ったのはガタァンと椅子が倒れる音。何があったのかと振り返ってみれば、それこそ今まで見た事ないほど険しい表情を浮かべた今日子ちゃんが椅子をなぎ倒すほど乱暴に立ち上がっていた姿で。


「何で、どうして……!?」


 どうやら作業に一区切りついたから、息抜きにネットニュースでも見ようとしてたんだろう。今日子ちゃんのパソコンの液晶画面は超有名なニュースサイトのトップページが開かれていて、その一面には遠目からでも分かるくらい一人の壮年の男の顔写真が大きく写されていた。


「今日子ちゃん、どうしたんだ?」


 俺が尋ねてみても、今日子ちゃんはそのトップページを険しい表情のままにらみ続け、返事をしようとしない。机の上に置かれた両手のこぶしはぎゅうっと引き絞るように固く握られ、ぶるぶると小刻みに震えている。


「き、今日子ちゃん……?」

「……やめときなさい、聡くん。今の今日子ちゃんには、何も聞こえてないわ」


 今度は側に近付いて声をかけようとしたけど、それを事務所のドアをくぐり抜けてきた杠葉さんに止められた。


「杠葉さん、おはようございま……!?」

「ごめんね、聡くん。悪いんだけど、紅茶を二人分用意してくれる?」


 そう言った杠葉さんの顔も、今日子ちゃんと同じくらい険しいものだった。

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