第118話

「……驚いちゃった。本当にちゃんとした会社で働いていたなんて」

「まさか、またどこかの劇団に入ってるとでも思ってたか?」

「思ってなかったって言ったら、嘘になるわね」

「全く未練がねえって言ったら、こっちも嘘にならあ。でも、今は健太を食わせていかなきゃならないしな。俺の夢はしばらく休業だ」

「やせ我慢なんかしなくていいんじゃないの? 充分な養育費は出してるんだから、役者コースのあるワークショップに通うくらいの余裕はあるはずでしょ?」

「……」

「まさか、独立する私に気遣ってるとか? だったらお門違いよ? それだってまだまだ先の話だし、私の仕事があなたの夢を邪魔するような事だけは、絶対にしない。やりたくもない」

「愛子……」

「この前の面会日の時に、健太が昔の私達の写真持ってきてたの知ってた? あの子ったら、写真の中のあなたの事、やたらカッコいいって褒めてたわよ」

「え? マジか?」

「子供は親の背中を見て育つのよ? だから私は、離れて暮らしていたって健太に恥ずかしくない母親でいる。だからあなたも、健太の為になんてカッコつけてないで、きちんと自分の夢を追いかけてるカッコいい父親の背中を見せてやりなさいよ。今日、私にちゃんとしてるところを見せてくれたみたいに」


 それじゃあ、またね。最後にそう言って、フロアから少し離れた休憩スペースから凛とした姿で去っていく深山愛子の背中を、タツさんが少し赤くなった顔で見送っている。そんなタツさんを見てたらもう我慢できなくなって、俺と今日子ちゃんは物陰から飛び出して順番にその肩をバシバシンッと叩いてやった。


「やったな、タツさん!」

「あの依頼人、わずかながらに女性の顔をしてました。今後の曽我さんの言動次第では、復縁だって可能かもしれませんよ?」

「えっ……ええっ!?」


 そこまでの展開は予想していなかったようで、タツさんはますます顔を赤く染めていく。そんなタツさんを労いたい気持ち半分と、ちょっとからかってやりたい気持ち半分が混ざり合ってしまった俺は、思いっきりタツさんの背中に飛び付いてやった。


 そうやって子供みたいにふざけ合っている俺達を、フロアの入り口付近で杠葉さんが微笑ましく見ている事なんて気付かなかった。そして、そんな杠葉さんに遠藤さんが恨みがましく近付いてきていたのも……。







「……ご協力ありがとうございます、遠藤さん。おかげさまでうちの社員の日常が守られましたわ。また何かありましたら、その時もお願いしますね?」

「くっ……何がご協力だ。そうせざるを得ないような脅迫ばかりしてきて!」

「強請られるようなネタを提供してくるそっちが至らないだけでは? ちょっとご協力下さるだけで、あの件は口外しないんですから安いものでしょう?」

「うぅっ……、いつまでこんな事を続けるつもりだ!? 貴様がどんなに悔やんでも、彼は帰って来やしないんだぞ!」

「そんな事、百も承知ですわ」

「……」

「それが、今日子ちゃんに対する償いにもなるんですから……」

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