第115話
数十分後。ふらふらの足取りで俺とタツさんがワゴンに戻ってくると、そこにはひどく憔悴した今日子ちゃんの姿があった。
「だ、大丈夫か……?」
今日子ちゃんの膝元には、起動したままのパソコンが淡いブルーライトを放っている。さすがにセキュリティカメラのリアルタイム映像とのリンクは切ってあったが、さっきのさっきまで同じ光景を共有してたんだ。年頃の女の子にだって相当きつかっただろうな。
「大丈夫です、これくらい。途中からもう見てられなくなりましたけど、録画自体はできてます。後で杠葉さんに結果報告を……」
「いや、それはもういいよ」
俺の後に続いてワゴンに入ってきたタツさんがそう言ってから、ひどく疲れたような大きなため息をつく。きっと、これまでのどんな芝居や強請りよりも全力で集中してたんだろう。田沢家に入って強請りが完了するまで小一時間くらいしか経ってないはずなのに、フルマラソンを走り切ったランナーみたいにひどく顔をしかめていた。
「奴がこっちの条件を全て飲むと誓ってくれた以上、こっちも約束は守らねえとな。それが一流の強請り屋ってもんだよ」
「じゃあ、結果報告書に録画したものは添付しなくていいと……?」
「したらしたらで、杠葉さんだってきっと困っちまうよ。なあ、聡」
タツさんが俺の方にしかめ面を向けながら、同意を求めてくる。そんなの、わざわざしてこなくったって了承以外の答えが出てくるはずもなく、俺はこくりと一つ頷いた。
「あいつには辞表も書かせた事だし、後はそれをきちんと提出したかどうかを見届ければ終わりですよね? それにしても、まさか元奥さんの独立話を強請りの材料に使うなんてなぁ……」
別に悪意なんてものはこれっぽっちもなく、むしろちょっとした感心に近い感覚でそう言った俺だったが、そういうものはやっぱり言葉にしないと全然伝わらないみたいで。俺がそう言った直後、今度はタツさんの顔色が一気に青ざめていった。
「……や、やっぱまずかったかな……」
「タツさん?」
「い、いや。独立するって話は本当だが、愛子は義理堅い奴だから……。『Pretty Butterfly』の顧客を根こそぎ奪っていく訳ねえだろ……?」
「まさか、半分嘘だったんですか!?」
今日子ちゃんが、ちょっと呆れたような声を出す。そりゃあ強請りのテクニックとして、脅し文句の中にほんの少しの真実を混ぜ込んだ方がよりリアルに聞こえて、ターゲットは委縮する傾向に陥るって前に杠葉さんが言ってたけど。でも、だからって。
「そういうところなんじゃないんですか?」
今日子ちゃんが、ビシッとタツさんを指差しながら言った。
「だから依頼人に愛想をつかされて、離婚なんて羽目になったんだと思いますよ?」
「な、何だよ今日子ちゃん。俺のどこがいけなかったってんだよ!?」
「自力で考えて下さい。ほら、そろそろ撤退しないと」
今日子ちゃんの言葉にふとワゴンの窓の外を見てみると、この周辺に住んでいるのか何人かの通行人達がいぶかしげにこっちを見ていた。中にはスマホを取り出し、「あ、もしもし警察ですか?」なんて言ってる主婦っぽいおばさんもいる。
「タ、タツさん!」
「おう。内輪揉めはまた今度だな」
タツさんは急いで運転席に座り直すと、アクセルをしっかり踏み込んで田沢家の前からワゴンを遠ざけていった。
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