第113話

「ふっふふ……」


 何かを思い立ったかのように、田沢良一が不気味な笑い声を立てた。これには実の母親も驚きを隠せなかったが、田沢良一は「安心してママ、もう大丈夫だよ」と前置きしてから、タツさんに向き直った。


「そうだよ、何ですぐ思い付かなかったんだろう? お前は、僕とママの秘密を誰にも話す事なんてできない」

「あ? 何でだよ?」

「そんな事する前に、僕が愛子たん……いや、深山さんとお前の関係を会社中に言いふらしてやる! そしたら、彼女は破滅だ!!」


 すくっと立ち上がった田沢良一は、まるで鬼の首でも討ち取ったかのように勝ち誇りながら、タツさんや俺をあざ笑い出す。俺は、その手があった事をすっかり失念していて、思わずセキュリティカメラの方へと目を向けてしまった。


 こいつの言う通りかもしれない。杠葉さん達はプロの強請り屋だから、強請る対象が観念して自分達の要求を飲みさえしてくれれば、強請るネタ元となった情報を開示しようなんて真似は絶対にやらない。こいつだって例外じゃないんだから、タツさんの言う事さえ聞いてさえくれれば、こんなキモ過ぎる音声や動画データが世に流出される機会はなくなるんだ。


 でも、タツさんが元奥さんとの関係に若干の嘘を混ぜ込んで話してしまったせいで、逆に強請るネタを与えてしまった。女性蔑視のマザコン野郎もまずいだろうが、超が付くほど有名になっている優秀なデザイナーがヤクザまがいの男と付き合っているなんて話は、どう取り繕ってもごまかし切れるものじゃない。それ以前の問題として、元奥さんからすれば全く身に覚えのない話になるんだから、さらにややこしくなる事は間違いない。


 つまり、田沢良一の口からそんな話が外へ漏れ出してしまうのだけは、絶対に阻止ししなくちゃいけないって事で――。


「は、ははっ。さあ、どうする?」


 おむつ姿のままの田沢良一が、さっきまでのタツさんと同じような姿勢を取る。そして一発逆転を確信しているかのような目で、こっちを見てきた。


「お前みたいなヤクザ者と、会社でも絶大な信頼を寄せられている僕の話。警察や会社の皆は、いったいどっちを信用してくれると思う? 考えるまでもないなあ?」

「……」

「何だ、黙りこくって降参か? よし、だったらお前らには罰を受けてもらうぞ。僕とママとの楽しい楽しいお遊びの時間を邪魔した罰をな!」


 田沢良一は、まだへたりこんでいる母親の横をすり抜け、ゆっくりと俺達の方へと近付いてくる。だ、だからマジでやめろ! そんな格好で近付くな、半径二メートル以内に来るんじゃねえ!


 直視するにはあまりにも耐えられない格好のキモい男が、すぐ目の前の距離までやってくる。許されるなら、今すぐこいつの顔面を殴りたい。精神的健康を害されてるんだから、それも正当防衛になるよな? そんな不穏な事を、頭の中で浮かべていると。

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