第112話

……やっぱキツい! これ以上はもう限界だ!


 いくら一度は目にした光景でも、録音された音声を通じてもう一度脳内で再生されるのは、俺の精神的健康を著しく害する。今なら世界新記録を叩き出せるくらいの勢いでダッシュできそうな気がするが、セキュリティカメラ越しに俺と同じか、もしくはそれ以上に精神的ダメージを食ってるだろう今日子ちゃんの存在が、かろうじて俺の両足をこの場に縫い留めてくれていた。


 一方、身に覚えがありすぎる自分達の会話を盗聴・録音されていた事実が相当ショックだったのか、田沢良一は酸欠になっている金魚みたいに口をパクパク動かしているし、その隣にいる母親は魂が抜け出ているみたいに呆然自失となっていた。


「何なら、音声だけじゃなくて映像も見せてやろうかぁ?」


 腕のあたりにうっすらと鳥肌が立っているのを、少し体を動かしただけで田沢良一の視界から隠す事に成功するタツさん。それはあまりにも自然な動きで、役者としても強請り屋としても完璧な……て、おいおい! 何、杠葉さんから話して聞かされた事の復習めいた真似をやってるんだよ、俺は!


『強請り屋はですね、主に言葉を武器に使いますけど、それとうまく組み込めばもっと効果的な方法がいくつかあります。その中でも最もポピュラーで簡単なのは、己自身の身のこなし方です。テレビドラマのように猫背で相手を下から見上げるのではなく、できるだけ視点の高さを同じくらいにして、まっすぐに見据える。この時、ちょっと両腕を引くだけで反射的に胸筋が反りますので、そうなったら後は低い声で強請っていけばOKです』


 きっと今のタツさんは、杠葉さんのこの教えを100%忠実にこなしているんだろう。ダンッと一歩分だけ前へと詰め寄り、スマホの液晶画面を二人に突き付ける。


「何なら、今の会話をしている時の映像もしっかり残ってるぜ? どうだ、欲しいか?」

「ぐっぐぐ……」

「別にこっちは痛くもかゆくもねえ。ただ、天下の『Pretty Butterfly』が誇る敏腕デザイナーの男が、こんな脳内ヤバい感じの性癖と女性蔑視の気があるなんて世間様や……ああ、そうだ。会社のお偉い方に知られちゃヤベエもんなあ? それとも何かい? てめえの会社はここまで見事にキモさをぶちまけている社員も優しく見守ってくれるような、超一流のホワイト企業様ってか?」


 そんな会社があるんだったら、今年の4月の時点でロックオンしてる! そして何が何でも絶対に受かって、強請り屋とかじゃない真っ当な人生を送っていってるっつーの!


 俺が、そう思った時だった。

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