第110話

「あ、あんたの女って……」

「察しの悪いばぶちゃんだなあ! こいつだよ、こいつ!」


 そう怒鳴ると、タツさんは懐から一枚の写真を取り出した。少し離れているからちゃんと見えた訳じゃなかったけど、それでも息子の健太君と一緒に並んで優しそうに笑っている元奥さんが写っていたのは何とか確認できた。


「あ、愛子たん! 何であんたが、それを持って」

「てめえ、俺の女をそんなキモい呼び方するとはいい度胸じゃねえかよ! ああん!?」


 田沢良一やその母親との距離をさらに詰め、ぐいっとあごを突き出すような形で声を荒げ続けるタツさんは、完全にはまり込んでしまっていた。何も知らない人がこんなのを見たら、とても元役者だなんて思ってもらえない。役者と同じように「ヤ」は付いても、取引先ではなく警察にお世話になるばかりの職業だと誤解されるだろう。


 少なくとも、田沢良一はそっちの方を想像してしまったようだ。ガタガタと恐怖に震え続けていたが、それでも外では一流の人気デザイナーとして日々奮闘しているせいか、まだまだ度胸が残っていたらしく、きっとタツさんをにらみ上げながら「そ、そんなの嘘だっ!」と言ってのけた。


「あ、愛子たんがあんたみたいなやくざ者と付き合ってるはずないだろ! あ、あんなにクールで仕事熱心で、それでいてきれいな女の人が……」

「おいおい、バカなのかお前は? 人間ってのはな、誰にだって表と裏の顔があるんだよ。愛子の男が俺で、何の問題があるってんだ?」

「そ、そんなの問題だらけじゃないか! 愛子たんにお前みたいな奴、釣り合うはずないっ!」


 うわ、何だこいつ。今までの人生の中で、これだけの超絶的な特大ブーメランを投げた奴を見た事がなかった俺は、まるで新種の生物を発見したかのような新鮮さすら感じてしまっていた。うん、まったくもって説得力がない。


「だったらてめえは釣り合うってか? いい年こいて乳離れできずじまいの挙げ句、夜な夜な赤ちゃんプレイに勤しんでいるような変態野郎が?」


 次にタツさんが取り出したのは、スマホだった。事務所を出る前、杠葉さんから転送されてきた例のデータがしっかりと詰め込まれている殺傷力満点のスマホだ。


「さすがの俺も、これにはちいっと引いちまったがな。今はいいもん手に入ったと思ってるよ」


 そう言ってから、タツさんはスマホの液晶画面に表示されている再生ボタンを指先でタッチし、勢いよく田沢良一とその母親に突き出してやった。


 すると……。

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