第109話
はっきり言う。今、俺達の目の前にいる田沢良一は、『Pretty Butterfly』のビル内で見た将来有望でスマートなイケメンというイメージを完全にドブに捨てていた。
だってそうだろ? どこの世界に手作り感満載のフリル付きでサイズぴったりのベビー帽子を被り、大人用のおむつ以外はすっぽんぽん、口にはでっかいおしゃぶりまで咥え、右手にガラガラのオモチャなんて握りしめている物好きなイケメンがいるってんだ? この場にいない杠葉さんが、心底うらやましい! セキュリティカメラの向こうの今日子ちゃん、生でこんなもの見て卒倒してなきゃいいけどな!
背中にぞぞぞ~っと冷たいものが迸りまくってた俺だけど、こんな田沢良一の姿を見ても、まだタツさんの顔色は変わらない。カーテンの側から離れようとしない赤ちゃんスタイルの田沢良一をじろりとにらみ続けてられるあたり、役者って本当にすげえな……。
「ふうん、あんたが田沢良一かよ。ずいぶんいい趣味してんじゃねえかよ」
今、初めて知ったかのような口ぶりをしてみせた後で、タツさんはばあさんの背中を軽く押して田沢良一の元へと行かせる。よろよろとたたらを踏んでたばあさんだったけど、ぱっとおしゃぶりを口から離した田沢良一が反射的に抱き留めて、転倒だけは避けられた。だからタツさん、強請る側が暴力で訴えたらダメだって!
「マ、ママ! 大丈夫? 怪我はなかった?」
「ええ……りょうたんこそ、早く怖い人から逃げなさい」
りょうたん!? 今、りょうたんって呼んだか、このばあさん!? ああ、最後の希望の糸がぶち切れたって感じだ。せめて母親だけは何かの間違いであってほしかった……。
「おいおい、逃げられる訳ねえだろ、ええ!? りょうたんよぉ!」
田沢良一は、へなへなと座り込んでしまった母親を支えるようにその手を添えているが、見た目のせいで全然そんなふうに見えない。むしろその逆っつーか、さらにどうしようもなく甘えまくってすがり付いてるふうに見える。そんな様にいらだちが増す一方なのか、タツさんが怒鳴り出した。
「てめえ、いったい何様のつもりだ?」
「な、何の話だっ……!」
「とぼけんなよ。そんななかなかおもしれえ趣味してるくせに、何勝手に、人の女に手を出そうとしてんだ、ゴラア!」
ダンッと大きく床を一つ踏み鳴らしてから、タツさんも田沢良一やばあさんの視線に合わせるように片膝を付く。いよいよ開始だと、俺は天井のセキュリティカメラに一瞬だけ顔を向ける。今日子ちゃんがその向こうでこくりと頷いてくれたような気がした。
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