第108話
「おっじゃましま~す!」
ドスの効いた低い声でそう言いながら、タツさんは半開きになっていたリビングに繋がるドアを蹴り上げる。バアン、と派手な物音がしたと同時に、蝶つがいの留め金が外れて落ちていくのが見えた。あっちゃ~……強請りの最中の器物破損はご法度だって杠葉さん言ってたのに、タツさん演技に身が入りすぎてんなぁ……。
天井にあるセキュリティカメラから今日子ちゃんも今の絶対見てただろうから、きっと弁償代を差し引いた強請り請求額を計算し直してるに違いない。こればっかりは庇う気ないからな、タツさん!
そんな事を思いながら、ゆっくりとした足取りでリビングに入った俺だけど……ああ、やっぱり来るんじゃなかった! つーか、何度も見たくなかったと心底思えるようなその光景にグラグラとしためまいを覚えた。
こんなに外観が立派な家なんだ。さぞ内装も素晴らしいものだと思いたかったんだけど、リビングをまるっと占拠していたのはとんでもない数のベビー用品の山々。誰がどう見ても赤ちゃん用だと分かるおもちゃが足の踏み場もないほど床に転がっているし、壁やカーテン、天井に至るまで保育園でもここまでしねえよって思うほどの子供仕様に模様替えしている。さ、さすがにリビングのど真ん中にでんと鎮座しているベッドや……あれ、沐浴用に使うバスタブか? は、大人サイズだったけど……。
「おいおい、それでかくれんぼしてるつもりかな~? 出てこいよ、田沢良一さんよぉ!」
ほんの少しの間、居心地の悪いリビングの中を顔色一つ変える事なく見回していたタツさんだったけど、やがてひらりと揺れたファンシーなカーテンの裾から大人の男の生足を見つけてしまった。たぶん、さっきこのばあさんに言われるがまま庭先に逃げようとかしたんだろうけど、さすがにあの格好じゃ羞恥心の方が勝っちまったか……。
「おら! さっさと出てこいや、お子ちゃまのお遊びはもう終わりなんだよ!!」
「ひいっ!!」
もじもじと生足を動かしているだけで、男はなかなか出てこようとしない。それにしびれを切らしたタツさんがさらに大声を張り上げたせいで、すぐ側にいるばあさんが反射的に短い悲鳴をあげる。さすがに年配の相手をそこまでビビらせるのはやりすぎだと思い、俺がタツさんに声をかけようとした時だった。
「……や、やめろ! ママに手を出すなぁ!」
精いっぱいの勇気を振り絞りながら、勇敢にカーテンの中から飛び出してきたのはタツさんのご希望通り田沢良一だったんだけど、数日前に杠葉さんと一緒に偵察しに来た時と全く同じ格好をしていたから、俺の心はさらに大ダメージを受ける事になった。
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