第107話
ピンポーン……。
玄関先にかけられてあったインターホンの呼び出しボタンを押すと、何秒と経たないうちに「はぁい?」と掠れた女性のマヌケな声が聞こえてきた。
「どちら様ですかぁ?」
「……ど、どうも、こんにちは~。田沢良一様宛のお荷物をお届けに参りましたぁ~。サインか印鑑下さ~い……」
「……はいはい、ご苦労様です~」
少し面倒くさげにそう答えると、女の声が途切れた。何だ? 母親が出てくるつもりか? まあ、あんな格好をしてるんだから、予定外の不意な出来事に対応なんてできる訳もないか……。
そう思いながら待つ事、数秒。玄関のドアの鍵が開けられ、七十代にほど近い老婆がひょこっと顔を出してくる。それを、僕の横の方にある茂みへと身を潜ませていたタツさんが見逃すはずもなかった。
ひと呼吸の間があったかどうかは、もう分からない。だけど、どっちみちとんでもなく素早いスピードで茂みから飛び出してきたタツさんは、ほんの少し開かれただけの玄関の隙間へと体を滑り込ませ、老婆の背後に回り込む事に成功した。
「……おっと、ばあさん。騒いだりしなきゃ、これ以上の無体を働くつもりはねえ。おとなしくしてな?」
老婆の背後から両腕を伸ばしたタツさんは、右手で老婆の口元を、左手はその上半身を抑え込むように掴んだ。全く予想すらしていなかった突然の出来事に、老婆は大きく目を見開いて全身を揺らすようにもがいていたが、タツさんの言葉が恐怖心を煽るには充分すぎたようで、あっという間におとなしくなった。
「ばあさん、お邪魔するぜ? 時に、あんたの息子さんは中にいるかい?」
老婆が抵抗しない事に確認を取ったタツさんがそう尋ねる。老婆はとっさに「うぅ……」と唸りながら、首を横にふるふると振っていたが、こっちはずっと尾行してきてたんだ。そんな嘘は通用しないぜ……。
「嘘つくなよ。あんたの息子が家にいるのは、確認済みなんだからさ」
宅配業者になり済ます為のツナギ服の上着を脱ぎながら、俺もそう言う。同時に廊下の方へと目を向けてみれば、何だか奥の方から人の気配っぽいものが漂っているのが分かった。
「ほら、やっぱりな?」
俺が確信を持ってそう言うと、タツさんも自分の肩ごしに振り返ってその事に気付く。にやりと悪い笑みが浮かんでいた。
「おい、息子。逃げるんじゃねえぞ、そのまま出てこい! てめえ一人だけで逃げてみろ、おふくろさんがどうなるか知ったこっちゃねえぞ」
廊下の奥へと投げ付けるようにタツさんが怒鳴ると、そこから「ひゅうっ!」と息を飲む音が聞こえてきた。それは老婆の方にも聞こえたのか、精いっぱいの大きな声で「母さんの事はいいから、早くお逃げ~……!」と言っている。これじゃ強請り屋じゃなくて強盗じゃね? なんて思いながら、俺は老婆と共にゆっくりと廊下を歩き出したタツさんの後を追った。
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