第105話

入念な最終打ち合わせを済ませた夕方過ぎに、俺とタツさんは例のワゴンを使って田沢良一の家へと向かおうとした。その際、今日子ちゃんも一緒に行くと言い出し、杠葉さんの制止を振り切って、強引にワゴンに乗り込んでしまった。


「今日子ちゃん、降りな」


 もうすでに役に入っている影響なのか、タツさんはさっきから俺達の誰とも目を合わせず、短い言葉だけで会話を成立させている。今だって、ずいぶんと怒っているふうな真似事なんかして、今日子ちゃんを守ろうとしていた。


「防犯カメラのデータを見ただろ? あのガキはえぐいぞ」

「……っ、今更何度も言われなくったって承知してます。私が心配しているのは、ハッキングに不都合が生じないかって事です」


 一瞬怯みこそしたものの、今日子ちゃんも何とか負けじと言い返して、両腕の中に抱えたノートパソコンをさらに強く引き寄せた。


「だからあくまでサポート班として、田沢家の外まで同行します。達雄さんや聡さんが田沢家の玄関先に立ったらハッキングを始めますから、どうぞご遠慮なく。ああ、それから杠葉さんですけど、おとなしく事務所で待ってるはずありませんから」

「え……!?」

「私よりはもっと離れて待機するようですけど、万一の事が起きて聡さんがブローチを押した場合を考慮して……と言ってましたよ」

「ちっ……!」


 実に分かりやすく、そしてとても怖い舌打ちをするタツさん。自分がメインで強請るなんて言ってたけど、そんな様子を見せられてしまっては、本当は「自分一人だけ」で田沢良一を脅すつもりだったんじゃないかと疑ってしまうには充分だった。


「仕方ねえ、出発するか」


 少しの間、ハンドルをにらみつけて押し黙っていたタツさんだったが、今日子ちゃんが決して降りる様子を見せないから、それなりに観念したんだろう。車のキーをやや乱暴に差し込んで、エンジンを吹かし始めた。


「先に言っとくぞ」


 ユズリハ探偵事務所の敷地を抜け出してすぐ、苦々しい表情で運転をするタツさんが声をかけてきた。


「余計な真似をするなよ」

「え?」

「俺がもう大丈夫って言うまで、田沢良一に指一本触れるな」

「……」

「分かったな?」


 赤信号のせいでワゴンが停まる。そのせいで、前の横断歩道を渡っている保育園の子供達が一斉に俺達の乗っているワゴンに無垢な瞳を向けてきた。


 子供達の目に、俺達の姿はどんなふうに映っていたんだろう。そのうちの一人が今にも泣きだしそうに顔をくしゃりと歪ませていたけれど、タツさんはそんな事などお構いなしって感じで、青信号に変わったと同時に再びアクセルを踏み込んだ。

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