第102話
「……単独行動は許しませんよ、タツさん」
ゆっくりと、それでいて逆らう気など到底起きないような圧のある声色を放ちながら、杠葉さんがタツさんの方を見てきた。タツさんはちらりと振り返ってから、「何の事です?」ととぼけたような事を言った。
「さっき言ったじゃないですか、あきらめるって。心配なさらなくても、この事務所に迷惑をかけるような事はしませんよ」
「だからと言って、個人で強請りをしかけるのは愚策以外の何物でもありません。いつも言ってるでしょう、そんなのは二流三流の強請り屋がやる事ですと」
タツさんの顔が、ぎゅっと固まる。たぶん、杠葉さんの言う通りだ。事務所に頼れない分は、きっと自分の力だけで田沢良一を新たに調べ直し、その後単独で強請りに行く予定を組んでいたんだろう。
「そんなのダメっすよ、タツさん」
俺はタツさんの近くまで寄ると、しっかり首を横に振った。
「あんなデカい家に住んでるんだから、たぶんセキュリティもそれなりに付いてると思うし……もし万が一の事が起きて、タツさんが警察に捕まるとか田沢良一に何かされたりとかあったら、息子さんはどうなるんだよ? 元奥さんだって、本当に幸せになれるかどうか分かんねえのに」
「さ、聡……」
探偵も強請り屋も中途半端な俺が偉そうに言えた義理じゃないんだけど、息子さんや元奥さんの事まで言って聞かせたのは正解だったかもしれない。タツさんは少し荒くなっていた呼吸を整えると、皆に向かって「すいませんでした……」とていねいに頭を下げた。
「俺、思っていた以上に焦ってたみたいで……変な事を言い出して、本当にすいません」
「……いいえ、そんな事ありません。私も社訓にちょっとこだわりすぎてたみたいなので」
少し間を空けてから、杠葉さんがそう返事をする。そんな彼女を、今日子ちゃんが肩越しにちらりと眺めていた。
「皆さんの気持ちは、よく分かりました。今回ばかりは特別とします」
リクライニングチェアーから立ち上がると、杠葉さんはデスクに両手をつきながら大きな声で言った。
「今回の件はユズリハ探偵事務所の総意とし、裏メニュー業を行使します。タツさん」
「え、はいっ!?」
ふいに名前を呼ばれたタツさんの首が、きれいに45度の角度で振り返る。まるで壊れかけの操り人形のような変な動きだったが、杠葉さんはひどく真剣な表情でさらに続きを言った。
「タツさんからの依頼、確かにお引き受けしました。明日の夜、一緒に田沢良一を強請りに行きましょう」
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