第98話

三日後。息子さんとちょっと遠出してきたからと、お土産を片手にタツさんが出勤してきた。親子水入らずの時間が取れて少しは気が紛れたらしく、心なしか覇気も戻ってきているように見える。それなのに、ずいぶんと不機嫌な顔で音声や写真のデータチェックをしている今日子ちゃんに気付いてしまい、タツさんは不思議そうにそちらに近付いていった。


「よう、今日子ちゃん。どうした、そんな怖い顔しながら仕事してよ?」

「……杠葉さんもそうだったようですが、久々にかなり胸焼けのする裏メニューネタを目にしてしまったんです」

「え~? 杠葉さんも引くくらいヤバいのって、不倫もしくは脱税かぁ?」


 まあ、どっちもエグい時はエグいもんなぁとからからと笑いながら、タツさんが今日子ちゃんのパソコン画面を覗き込む。ちょうどこの時、杠葉さんは「ちょっと出てきますね」と言って事務所から出かけていたし、俺も給湯室の掃除を始めていたものだから、タツさんの行動を止める事ができなかった。


 ぴったり三秒後。事務所の空気が一気に入れ替わったのを、肌で感じた。嫌な予感はしたものの、かといって無視する事もできなかった俺は、給湯室のドアの隙間からそうっと覗き込むように見つめてみれば……、全く必要のないトラウマが誕生してしまっていた。


「な、な、何だこれは!? こいつが、愛子の今カレとかいう奴なのか!? 愛子の奴、何でこんな奴と……!」


 うん、分かるその気持ち。俺もタツさんと同じ立場だったら、絶対に同じように絶望する。それくらい、あの日の田沢良一は衝撃的過ぎた。杠葉さんの探偵としての勘は、まさかの大当たりだ。


「どうしますか?」


 もうこれ以上見ていたくなかったのか、今日子ちゃんがノートパソコンのディスプレイを畳みながらタツさんに尋ねてきた。


「元奥さんと同じ女としての立場から言わせていただきますけど、私だったら絶対にこんな男と結婚なんかしたくありません。母親だってまだまだピンピンしていますし、下手すればタダ働きさせられる家政婦が一人来たって感じで、いびられまくるかも知れませんよ?」

「うぅ……」

「まあ、少なくとも、真剣に将来や再婚を考えてる女性に対して、田沢良一のプライバシーはかなり毒としか言いようがありません。このままだと元奥様が病んでしまうのも時間の問題……」

「そんな事はさせねえ」


 タツさんの野太い腕がにゅうっと伸びてきて、今日子ちゃんのノートパソコンのディスプレイ画面を再び押し上げた。そして視線だけをぎょろぎょろと動かしていたから、画面に写っている田沢良一のアウトな写真を見てるんだろうけど。


「今日子ちゃん。ここ数日は、うちの裏メニュー依頼ないだろ?」

「ええ、ありません」


 今日子ちゃんがぴしゃりと言い切った後で、僕は察してしまった。え? そういうパターンもアリって事? マジで?


「今日子ちゃん、杠葉さんはいつ戻る?」

「15時までには戻るとか言ってました」

「うん、分かった」


 それっきり、タツさんも今日子ちゃんも押し黙ってしまったから、杠葉さんが返ってくるまでの数時間、事務所の中はお通夜みたいな空気が漂い続けていた。

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