第88話
深山愛子と田沢良一は互いの顔を見やりながら喫煙コーナーに入ってきたけど、隅の方で観葉植物と仲良くなっている俺の姿を見て遠慮でもしたのか、反対側の方の窓のあたりまで離れていく。余裕で許容範囲だと知った俺は、さらに盗聴器を二人に向けた。
休憩の合間にちょっと出てきたといったところなんだろうか、二人の手にあったのは煙草ではなくホットコーヒーの入った紙コップだ。それをちびちびと飲みながら仕事関連の話をしているようで……。その様子をちらちらと見つめながら、俺は事務所を出る前の杠葉さんとの会話を思い出していた。
『どうして、この田沢って奴の事を調査するんです? 今回の件に、関係あるとは思えないんですけど』
『……』
『杠葉さん?』
『私もできる事なら、これはタツさんのプライベートな事情ってところで手を打ちたい。でも、どうもこの男が引っかかるのよね』
『引っかかるって……何を根拠に?』
『女の勘に決まってるでしょ』
至極真面目にきっぱりと言い切っていた杠葉さんは、ある意味達観した大人なんだろうと思う。でも、言うに事欠いて女の勘はないだろ。そこはもうちょっと、探偵らしい根拠を言ってもらいたかったっていうか……。
俺が一瞬、その事に気を取られていた時だった。
「……それで深山さん。先日の件なんだけど、考えてくれた、かな……?」
「先日、ですか」
「はい。プロポーズの返事、まだ聞かせてもらってないんで」
……え? おい、ちょいマジか!?
もう喉どころか舌の上にまで乗っかっている状態の言葉がこれ以上動かないでいいように、俺は開いていた左手で素早く口元を押さえる。その際、腕が観葉植物の葉に当たり、ガサガサッと歯が擦れる音が響いたから、それに反応して田沢良一がこっちにぱっと顔を向けてきた。
ヤバい。ヤバい、ヤバい、ヤバい。ちょっと目が合っちまった。
避けて距離を取ろうにも、出口は二人のいる位置からもっと離れているし、ここで俺がいきなり動くのも何か不自然だろ。下手したら、会社の関係者でもない上に不法侵入した事がバレる……!?
まずい、こういう場合どうすればよかったんだっけ。マニュアルを思い返しつつ、何とかほんのわずかでも時間を作ろうと、俺が少し顔を上げた時だった。
「……大丈夫か?」
ふいに、田沢良一がそう話しかけてきたんだ。
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