第83話

「はぁ~、くっそぉ~……。愛子の奴ぅ~……!」


 本当ならヤケ酒の一つや二つをかましたいところなんだろうけど、この時期だと定時を過ぎてもまだ明るいし、何より息子さんが一人前になるまでは酒は極力控えるんだと決めているらしく、タツさんは俺を連れて事務所から少し離れた牛丼チェーン店に入った。


 時々、元奥さんへの愚痴をこぼしながら、タツさんは三杯目の大盛を注文した。味付けは絶品なので、俺も腹が空いていれば大盛りのおかわり一回くらいは余裕でいけるだろうけど、「うげえっ……」といった顔を隠す事もできなかった店員さんの気持ちも分からなくはなかった。


「今日子ちゃんも今日子ちゃんだよ、何も愛子の味方する事ないじゃねえか! ちょっとお互いオーバーヒートしちまっただけなのに……!」

「いや、プリフラは俺でも知ってるくらい超人気のブランドですもん。もし今日子ちゃんがそこのファンとかだったんなら、仕方ない事じゃないっすかねえ……」

「何だよ、聡まで! 悪かったなぁ、物事の価値なんぞ何にも知らない役者崩れのダメ親父でよぉ!!」

 

 タツさんはそう言うと、あっという間に運ばれてきた大盛りの牛丼を、脇を締めてがっつき始める。これで健太君との夕飯もちゃんと食べるっていうんだから、本当タツさんの胃袋はどうかしてる。


 でもまあ、今回ばかりは確かに杠葉さんの言う通りだと思う。以前の桐野家みたいに強請りが必要って訳じゃなさそうだから、裏オプションの出番もない。その上でタツさんが工作員として働いている事がバレれば、あんな強気な女性相手にごまかし切れる訳がない。


「まあ、たまには皆を頼って下さいよ。杠葉さんだって言ってたじゃないですか。最近のタツさんは頑張りすぎてたから、ほんの少しの休暇だと思って下さればいいって」

「休暇、ねえ……」

「そうですよ。ああ、何なら健太君と一緒にどこか遊びに行けば……?」

「遊び……?」


 そうつぶやくと、タツさんは一度牛丼をかき込む手を止めて、ズボンのポケットからスマホを取り出した。きっとどこか遊びに行ける場所を検索したかったんだと思ったけど、ふいに画面をスクロースさせている指の動きが止まった。


 そのまま、何だかほぉっ……と懐かしさの混じったため息の音が聞こえてきたから、ついタツさんのスマホを覗き込んでしまった。タツさんはそんな俺に嫌がるどころか、逆に画面をすっと差し出すように見せてきた。


「下手すれば、これから親権争いの裁判が始まりかねねえ……。健太がこれくらいの頃は、愛子も今よりもっと愛想がよくてかわいらしかったのに……。」


 何でこんな事になっちまったんだろ、と言ってから、タツさんは再び牛丼をかき込む。結局、三杯目でやめて店を出てくれたけど、分かれ道で遠ざかっていくタツさんの背中は何だかひどく頼りなさそうに見えた。

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