第82話
「今回ばかりは、本当にシャレにならないって感じなんだよ。今日子ちゃんには、あいつの足止めとかお願いしようと思ってたのに」
「知りません、そんなの自業自得ではないですか」
ぴしゃりと容赦なく言い切り、ふんっと顔を背けてしまった今日子ちゃんのその様子に、それだけの本気度を感じ取ってしまっただろう。タツさんはショックのあまり、石みたいに固まってしまった。何か助け舟とか出してやりたかったけど、俺が何か言うよりずっと早く今日子ちゃんの言葉が続いた。
「あの依頼人が怒るのも無理はありません。達雄さんの不必要かつ無神経な発言が依頼人を傷付け、それ以上に頑なにさせてしまってるんですから。同じ女として、彼女の気持ちの方がより理解できますし、今回ばかりはどうしようもないかと」
「今日子ちゃん、それってつまり」
「残り少ない息子さんとの生活を、心行くまで堪能していた方が得策だと思います」
俺の質問に、また今日子ちゃんはぴしゃりと答える。あ、タツさんの目が死んだ。もうすぐ口から魂が出てきそうな顔してる。
「……分かりました、今日子ちゃん」
今日子ちゃんの意思は固いと判断したようで、杠葉さんが仕方ないとばかりに言った。
「今回の依頼、今日子ちゃんは外れていただいても大丈夫です。私と聡くんの二人で、何とかしますから」
「えっ⁉ 俺達だけですか!? タツさんは?」
「今回はタツさんも担当を外れてもらおうと思ってます。もし万が一にも、依頼人にタツさんの存在が知られてしまえば、これまでの設定が全てムダになってしまいますから」
「そ、そんなっ、杠葉さん待って下さいよ!」
杠葉さんの提案がそんなに思いもよらないものだったのか、石から復活したタツさんが慌ててデスクから立ち上がった。
「俺の元女房がおかしな依頼をしに来た事、その原因を作ったのは確かに俺なんで、それは本当に心から詫びます。でも、だからって自分がやらかした不始末の尻拭いを杠葉さんや聡にやらせるなんてできません」
「タツさん。お気持ちはありがたいですが、だからと言っていつものようにあなたに表舞台に出てこられては、それこそ危険です。前科はついてきても、息子さんは二度とついてきてくれなくなります」
「ぐっ……いや、しかし!」
「今回ばかりは我慢して、私達のサポートに回って下さい。幸い、一週間は時間をもらえたんですから、その間に彼女の人となりや現在の状況、並びに心境などについて、いろいろと情報を探ってきていただけますか?」
杠葉さんの言う事はいちいち正論過ぎて、今日子ちゃんの時より助け舟を出す隙がない。ちらりと見てみれば、自分でどうにかする事のできない今の状況が相当悔しいらしく、タツさんはギリギリと歯ぎしりを繰り返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます