第63話
今後一切、悪事と呼べるような行いはやらない事。明朝午前十時までに、きっちり500万円用意して自宅で待機しておく事。一円でもごまかしたり、自宅にいなかったり、果てには誰かにこの事を話したら、容赦なくあなた方一家の人生を破滅させる――。
桐野良彦とその父親にこれらの事項を念書という形で一筆書かせた杠葉さんは、ひどく満足そうな笑みを浮かべながら「では、また明日お伺い致しますね。ごきげんよう」と深々と頭を下げる。そして、まるで友人の家で行われたホームパーティーからの帰りみたいにふんふんと鼻歌を歌いながら桐野家を出て行った。
「おい、行くぞ」
終始何もできずに見ているだけしかできなかった俺は、すっかり体が強張ってしまっていた。そんな俺を気遣ってくれたのか、タツさんが俺の腕をぐいっと掴み、引っ張るようにして杠葉さんの後を追っていく。その際、視界の端に映ったのは、絶望しきった表情で憔悴している親子三人の姿だった。
「あ、あのっ、本当にこれでよかったんっすか!?」
桐野家の玄関を出ても、杠葉さんの姿は見えない。どうやら相当な早足で先に行ってしまってるようだ。俺はさっきまでの杠葉さんの強請りがどうしても納得いかなくて、俺の腕を掴んだままのタツさんの背中に話しかけた。
「あ、あの親子、あのままじゃ……」
「ああ、大丈夫。心配しなくても、お前の不安が的中するような事はねえよ」
タツさんのカラカラとした笑い声が返ってきた。
「杠葉さんは、相手によって強請り方を変えるんだ。息子に中高一貫の有名校受けさせようっていう家なんだ、貯えはそれなりにあるだろ。しかも母親の方は息子を溺愛しているんだから、否が応でもこっちの要求を呑むってもんだ」
「で、でも、万が一って事もあるっしょ!? 警察に通報とか、下手したら思い悩んだ末に、い、一家心中とかっ……」
「それはもっとあり得ねえなぁ。警察が出てきて、息子のやらかし具合が世に出る事の方がよっぽど苦痛だろうし、死んでまでその汚名が濯がれる事がないのなら、素直に500万出して口止めした方がまだマシ……て、思う方向に持っていったんだ。杠葉さんは強請り屋だけど、大事なところはちゃんと分かってる」
「大事なところ……?」
「命より、大事なものはないって事だよ」
タツさんは俺の腕を決して離す事なく一本道を抜けると、そこから少し離れた小さめのコインパーキングまでさらに歩く。時間のせいか、俺達が乗ってきたワゴン以外に停めている車は他になく、杠葉さんがワゴンのドアに寄りかかるようにして待っていてくれた。
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