第62話
「桐野良彦君。さっき君は、この子を捨て猫と呼んでましたね?」
杠葉さんが一歩大きく踏み出し、桐野良彦に近付いた。彼のひゅっと息を飲む音が、やたら大きく聞こえてきた。
「失礼にも程がありますよ? この子には、ちゃんとマリアンヌちゃんって名前があるんです。ほら、見て下さい。元々はこんなに毛並みも艶もよくって、かわいらしい見た目をしてるんですよ?」
「……」
「何故、目を逸らすんです?」
「……」
「何故、何も言わないんですか? まさか今頃になって、『ちょっとヤバいかも』とか思ってます? だったら、もう手遅れですよ」
何せ、私達に嗅ぎつけられてしまいましたもの。あなた方は。
杠葉さんがそう言うと、それまで桐野良彦を抑えていたタツさんが急に力を緩めて両親の方へと突き飛ばした。
無様なくらいによろめき、両親のすぐ目の前に伏せるように倒れ込んだその顔には、確かに杠葉さんの言う通り『ヤバい』という感情のみを貼り付かせて強張っている。両親も似たような表情をしていて、特に母親は「どうして、良彦ちゃん……」と何度も繰り返しつぶやいていた。
「何故なの、良彦ちゃん。小さい頃は、あんなにかわいくて優しかったのに……」
「人生における後悔は後程、私達が退散した後でじっくりとやっていただけますか? そろそろ本題に入らせていただきたいので……」
「ほ、本題って、あんた何を……」
父親が杠葉さんを見上げる。杠葉さんも父親を見下ろす。二つの視線がはっきりと交わり、互いを結びつける。この瞬間、俺は杠葉さんの全面勝利を確信してしまった。
「最初に申し上げましたでしょ?」
杠葉さんが言った。
「私どもは、強請り屋ですと。……同級生に対するいじめと、真壁様の大切にされているペットへの虐待。これを誰にも知られたくなかったら、キャッシュで500万円戴けますでしょうか?」
「なっ……!?」
「安いものだとは思いませんか? 息子さんのこれからの人生を
「や、やめてっ! そんな事をしたら、良彦ちゃんの将来が……!」
「一生真っ暗闇でしょうねえ」
母親のメンタルは、そこで限界を迎えた。一生真っ暗闇。そんな杠葉さんの言葉に打ちのめされた彼女は、全身の力を一気になくして卒倒してしまった。「お、お母さん!!」と桐野良彦が慌てて声をかけたけど、杠葉さんは情け容赦なくさらに畳みかけた。
「桐野良彦君。君はほんのイタズラ心の軽い気持ちでやっていたようですが、実際は私どものような輩を呼び寄せ、こうして強請られてしまうほどの
ひいっ!! 野生の猿みたいな甲高い悲鳴をあげながら、桐野良彦は盛大に漏らした。
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