第61話

「大丈夫ですよ、桐野良彦君。この子猫は、私の知人の獣医さんが勤めている動物病院にすぐ連れて行きました。あちこちひどい怪我を負っていたけど、命に別状はないですって。あと、君があの子猫を虐待してたなんて事は獣医さんには言ってないから安心して下さい?」

「ぎゃ、虐待とかじゃないし!」


 この状況でどうしてそんな大きな声が出せるのか、桐野良彦は強気な口調で言い返す。子供ゆえの無知から来るものなのか、それとも本心から自分はそんな事をしていないとでも思っているのか。どっちに転んだとしても、俺はこの何歳も離れているガキが怖くて怖くて仕方がなかった。


「その捨て猫も、それからあいつも! ちょっと遊びでやってただけっていうか……別にそんなつもりなかったし! 大体、お前には関係ないだろ!?」

「ええ、関係なかったですね。こんな事を知っていなければ」


 タツさんに抑えられてるのにまだ強気で言い返してくる桐野良彦に、杠葉さんは再び懐から別の写真を一枚取り出す。その写真を見て、一番最初に「きゃあっ!?」と短い悲鳴をあげたのは、彼の母親が最初だった。


「嘘……!? 何であなたがその方の写真を持って……!?」

「たまたまですよ、奥様。あなたのお子さんを尾行させてもらったら、たまたま最終的にこの方に辿り着いたってだけの事です」


 何でもない事みたいに言ってる杠葉さんだったけど、写真に写っているその人物に俺は見覚えがあった。だって昨日、事務所で会ったばかりだったから。


「え、その人……真壁さん?」


 思わずぽつりと口走ってしまい、慌ててまた口元を押さえたが、俺の言葉を聞いたタツさんが「ナイスタイミング!」なんて言って二カッと笑う。それと同時に、杠葉さんもこくりと頷いてくれた。


「そう、真壁佳代子まかべかよこ様。来年、桐野良彦君が受験を控えている中高一貫の名門学園理事長の奥様にして、動物虐待に関する講演活動やいじめ問題対策に真摯に取り組んでいる素晴らしい人格者です。あなた方、まさか知らないとは言わせませんよ?」


 俺の脳裏に、昨日の真壁佳代子が蘇ってくる。あんな事務所いっぱいに響き渡る金切り声でいなくなったペットを探せと言っていた派手なおばちゃんが、実は日本人なら一度は聞いた事がある超有名学園のトップにして立派な人格者だったなんて!? 


 普通だったらとても信じられないところなんだけど、杠葉さんの手の中の写真に白い子猫を抱き上げて満足そうに笑っているおばちゃんが写っているから、もう受け入れるしかない。何か唐突に、昔「人を見た目で判断するな」と言っていた父親の言葉まで思い出しちまった。

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