第58話

「さっそく本題に入らせていただきますが、息子さん、同級生をいじめまくっていますよ?」


 桐野家の小ぎれいなリビングは母親の趣味が反映されているのか、カーテンや壁紙、家具やフローリングの色合いのバランスが絶妙だった。後は、親せきや友人を呼べるようにとの前提でも持っていたのか、三人暮らしの家族が普段使うには少し広すぎる。まあ、そのおかげもあって、俺達乱入者が押しかけてきても全然狭苦しさを感じる事はなかった。


 そんな中、リビングの大きなソファにゆったりと腰かけた杠葉さんの切り出した言葉がそれだった訳だから、フローリングの床に並んで正座させられていた両親はそれはもう驚きの表情で見上げてきた。そして次の瞬間には、いまだタツさんに抑え付けられて動けないでいる自分達の息子を凝視した。


「何、言ってるんですか……」


 数分間の沈黙の後で、そう返したのは母親の方だった。


「強請るって言うから、てっきり主人か私のある事ない事でデマカセを言ってくるかと思えば……よりにもよってうちの子が、良彦ちゃんがいじめをしている? いじめられている方ではなくて!?」

「ええ、間違いなく加害者の方です。それにしても、小学校高学年にもなる息子をちゃん付けで呼ぶなんて滑稽な昼ドラ以外で見た事なかったのですが、初めての経験をありがとうございます」


 言葉は皮肉と嫌味でいっぱいなのに、口調の方は相変わらず穏やかなものだから、母親はキレたり当たり散らすようなタイミングを完全に失って、呆然とする。妻が役に立たなくなったと感じたのか、今度は父親の方ガ口を出してきた。


「な、何かの間違いだ。俺は常日頃から息子に、人様の嫌がるような事はするなと教えている。実際、家の中の手伝いはよくやってくれるし、この年頃から見られがちな反抗期というものもない! 親バカに思われてもいい、世間のどこに出しても恥ずかしくない自慢の息子だ!」

「あら、だったらよかったじゃないですか。世間様に恥ずかしいと思われるような経験をしなくてすみましたよ」


 そう言いながら杠葉さんが両親の目の前に突き出したのは、さっきUSBケーブルで繋いだノートパソコンと桐野良彦のスマホで。それを目の当たりにしたとたん、桐野良彦はじたばたとその場で地団太を踏み出す。


「ちょ、ちょっとやめろよ! それ以上はプライバシーの侵害だぞ! 犯罪だろ!?」

「私達強請り屋に強請られるような事をしでかした君の方がよっぽど犯罪者ですし、そもそもそんな輩のプライバシーを尊重するような義理はありませんよ」


 はい、こちらをどうぞ。


 そう言った杠葉さんの細い人差し指がエンターキーを押す。すると、さっきスマホの小さな液晶画面に映し出されていたであろう画像がノートパソコンのそれに宿って再生を始め、桐野良彦の顔面蒼白を促すには充分な内容が流れだした。

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