第57話

「やたらと大声を出して威嚇するだけしか能のない強請り屋は、三流と見なされますよ?」


 静かだけどぴしゃりと言い放つ杠葉さんのその言葉に、タツさんが「すみません」とおとなしくなる。これがついさっき、ワゴンの中で取り決めていた「演技」だって言うんだから驚きだ。


 台本も練習もなしの、まさにぶっつけ本番。杠葉さんは「こんな感じで行くからね?」と簡単な流れだけしか説明しなかったのに、さすが元劇団俳優だけあって、タツさんのアドリブぶりはすごすぎる。これがドラマか映画の中の出来事だったなら、もっとよかったんだけど。


「……ゆ、強請り屋に一流も三流もあるか!」


 タツさんと入れ替わるように杠葉さんが出てきて心の余裕が少し出てきたのか、父親が反撃を試みた。震える声を必死に振り絞って、俺達をにらみつけている。


「あ、あんたら、うちにいったい何の用なんだ!? 強請られるような事をした覚えは一切ないぞ!」

「それはあくまで、あなたがそう思い込みたいだけでしょう?」


 ふふっと短く笑ってから、杠葉さんは父親と正面から向き合う。男と女で体格も力の差は歴然だし、もしここで父親が本気で抵抗してきたら、杠葉さんはものの数秒で負けちまうだろう。


 なのに、こうして後ろの方で見ているだけでもぞくりと感じるものがあった。傍目じゃ何も変わってないように見えても、今の杠葉さんからは逆らえないし敵わないようなものすごく強いオーラっぽいのが溢れ出ている。父親はその圧に負けて、また黙りこくってしまった。


「まあ、玄関先や廊下で話す事でもないですし」


 父親にもう反撃の意思がないのを見越したのか、杠葉さんは桐野家全員をぐるりと見回しながら、まるで舞台のど真ん中でソロパートを歌っているオペラ歌手みたいに声を張り上げた。


「リビングあたりでじっくりお話しましょう? この子――桐野良彦君がやらかしまくっている所業につきまして、ね?」


 最後の「ね?」のところで、俺と杠葉さんの目が合った。杠葉さんの目はほんの少しだけ薄く閉じ、口元は笑みを浮かべている。テンションが上がって楽しんでるようにも見えるが、俺には彼女のこんな言葉が聞こえてきたような気がした。


『聡くん。一流の強請り屋のテクニック、よく見ておいてね?』


 できる事なら、一生身につける事も目にする機会すらなかった社会見学であってほしかったよ。全く……。

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