第56話

五分後。俺達は異常な空気に包まれながら、それぞれの立ち位置に徹していた。


 ターゲット――桐野良彦の両親は、さぞ驚いた事だろう。玄関のチャイムが鳴り、塾帰りでおなかを空かせてるだろう自分達の息子を出迎えてみれば、全く見知らぬ大人が三人もいたのだから。しかも、そのうちの一人が息子を抑えつけていればなおさらだ。


「お、お父さん、お母さん! 今すぐ警察を呼んで!!」


 母親に玄関のドアを閉めさせる隙を与えるより早く、俺達はするりと桐野家の中に入り込む事ができた。その時、タツさんの拘束する手が少し緩んでしまったせいで、口元が自由になった桐野良彦が喚きだした。


「は、早くお母さん! こいつら、いきなり僕の事をさらおうとしてきてっ……!」

「あらやだ、もう忘れちゃった? 私達は誘拐犯ではなく、強請り屋ですよ?」


 必死になって叫び続けている桐野良彦は、杠葉さんの肩よりも身長が低かった。そのせいか杠葉さんは両膝を折って彼と同じ視線に立ち、その頭をよしよしと言わんばかりに優しく撫でた。


「ネズミみたいにこそこそして人をさらったり、直接姿も見せられない臆病者のくせに警察へ要求連絡を取る時だけはやたら強気になるとか、そんな卑怯で卑屈な人達と混同されては困りますよ。私達はちゃんと顔を突き合わせていただいた上で、しっかりと強請りますので」


 なので、そんな事をしてもムダですよ? 


 そう言って杠葉さんは、廊下の曲がり角の所に立っていた桐野良彦の父親に視線を向けた。自分の居場所に気付かれてビクッとしていた父親の手には、スマホが握られている。


「残念ですけど、今はどこにも連絡が取れませんので」


 ていねいに玄関先で靴を脱いだ杠葉さんは、上着のポケットから筒状の形をした手のひらサイズの機械を取り出した。この間見た録音機能付きの指向性盗聴器とは、またどこか違うな……?


「うちの従業員が作ってくれた、とてもスペックの高い電波妨害装置です。範囲も時間も限られてますが、この家の電話を全て使えなくするには充分で……」

「おら、その通りだ!! 時間がないんだから、さっさと用件に入らせてもらうぜ!!」


 逆にタツさんはまだ杠葉さんがしゃべっているっていうのに、桐野良彦を拘束したまま、しかも土足のままで家に上がり込んだ。


「おいおい、何だよその目はぁ!?」


 廊下の曲がり角を折れようとしたタツさんと、そこにいる父親との視線が絡まる。恐れといらだちからか、父親の目は鋭くタツさんを捉えていた。


 それが気に入らなかったのか、必要以上の大声を張り上げて威嚇するタツさん。本当にさっきまで息子に買ってくるケーキをどうしたもんかと悩んでいた人と同一人物なのかよと引いてしまいそうになるも、そこは杠葉さんの「やめなさい」という落ち着いた制止の声が収めてくれた。

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