第54話

タツさんが運転するワゴンは、今回のターゲットの後を静かについていった。


 さっき、今日子ちゃんが言ってた通りだ。途中までは友達らしい他の何人かの子供と一緒に帰ってたんだけど、何分かごとに一人減り、二人減って、やがてターゲットは一人っきりで一本道へと入っていった。


「……まずいわね、あそこから先は進入禁止だわ。タツさん、車をどこか目立たない所に停めてから追いかけてきて」

「了解です」

「行くわよ、聡くん。ターゲットを見失うわ」


 そう言うと、杠葉さんはスライド式のドアを音もなく全開にし、そのまま素早くワゴンから降りて駆けていく。うまく反応できなくて、一瞬ぼうっとしてしまってた俺の背中の向こうから「何やってんだ、早く杠葉さんをサポートしろ!」というタツさんの焦った声が響いてきた。


「え……は、はいっ!」


 慌てて助手席から降りて、同じように駆け出す。だけど、俺の頭の中は相変わらず不平不満でいっぱいだ。


 思わず了承の返事をしちまったものの、何も分からないド素人の俺が杠葉さんのサポートとかできる訳ないじゃんか。杠葉さんだって、今日はタツさんの後ろに控えてろって言ってたし。


 そうだ。俺は何もしない、何もやらない。ただ見てるだけだ。こんな、強請りなんて犯罪は絶対に……。


 そんな事を思いながら、ターゲットが入っていった一本道に入った時だった。


 本当に今日子ちゃんの言った通りだ。そんなに光の加減が強くない街灯が等間隔で三本並んでいる中、ターゲットが二本目の街灯の所で立ち止まって何かをしていた。それを一本目の街灯の影に隠れて、杠葉さんが顔をしかめながら窺っている。


「あ、よかった杠葉さん。何とか追い付いて……」

「しっ、静かに! 聞こえないわ」


 俺の足音を敏感に聞き取った杠葉さんは、勢いよく振り返って自分の唇に人差し指を当てる。確かに彼女が言うように、二本目の街灯のあたりから何か含み笑いっぽい声が聞こえてくるような気がした。


「ふふふ……。次はどうしてやろう、抵抗できないオモチャは勉強のストレス発散にもってこいだもんなぁ」


 ……おい。今、何て言った?


 目の前にいるターゲットは健太君より上級生のはずだし、塾に通うくらいなんだからそれなりに頭の出来だっていいんだろう。なのに今、何て言った? あいつ、今、何て言った!?


 どうやらターゲットは子供用のスマホを手に、何かの画像を見ているようだった。いや、もしかしたら動画か? どちらにせよ、あんな不穏なセリフを吐きながら見ているものだ。中身はろくなもんでない事に間違いないだろう。


 そしてそれは、きっと杠葉さんも同じ思いだったんだろう。街灯の影からターゲットを確認し続ける彼女の目には怒気が宿っていたし、頬もぴくぴくと引きつりそうになるくらい震えていた。

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