第52話

「……はい。それでは全員集まったところで、本日の『特別残業』の内容における最終確認を行います」


 ユズリハ探偵事務所に最後に到着した俺の姿を見るなり、いつものようにリクライニングチェアーに腰かけていた杠葉さんがきびきびとした声色でそう言った。数分だけとはいえ遅刻してきた俺を、タツさんが「気合いと責任が足りてねえぞ」と小声で説教してきた。何が気合いと責任だよ、強請りの最終確認なんかにどうして……。


 すみませんすら言わない俺の不満顔を目にしたせいか、タツさんはそれ以上の小言はやめてくれた。杠葉さんも俺達の様子に気が付いたのか苦笑いを浮かべていたような気がしたけど、まるで慣れっことばかりにそっぽを向いて今日子ちゃんに話しかけた。


「今日子ちゃん、お願い」

「はい。本日、裏オプションによりますターゲットは午後八時過ぎには週に二日ほど通っている学習塾から出てきます。途中までは何人かと帰宅ルートが同じですが、自宅から100メートルほど手前の道から必ず一人になります。この100メートルの道は街灯が等間隔で三本ほど設置されていますが、明かりの色はそんなに強くありませんし、この時間帯は人通りも少なくなりますので、ターゲットへの接近並びに接触はつつがなく行えるものと思われます」

「そう。それでターゲットの家族の方は?」

「そちらも問題ありません、両名共に本日は家にいます。ターゲットへの接触の際、スマホさえ取り上げて下されば後は私の方で……」

「了解。ターゲットの取り押さえはタツさんにお願いします」


 杠葉さんがそう言うと、タツさんは少し緊張した面持ちで「はい!」と背筋をぴんと伸ばした。そのまま杠葉さんの次の視線は、俺の顔を捉えて……。


「聡くん」

「……はい」

「今回、聡くんはあくまで見学です。常にタツさんの後ろに控えて、決して前に出ないで下さい。ターゲット及び両親への交渉は代表である私が請け負いますので」

「交渉って……強請りの間違いじゃないんですか?」


 わざと突っかかるような言い方で返事をしてやると、タツさんは「おいっ……」とまた小言を言いかけたし、今日子ちゃんも今日子ちゃんでまた呆れたように短いため息をつく。でも、杠葉さんは。


「そうですよ、強請りに行きます」


 ……なんて、まるでこれから楽しいお出かけにでも行くかのような調子で答えてきた。


「どんな理由や建前があろうと、確かに私達がこれからやるのは強請りです。決して褒められた行為ではありませんよね?」

「……」

「でも、依頼は依頼です。きっちりこなして、依頼人にご満足いただける結果を残す。それだけはどんな会社にも負けないポリシーです。その事はどうか忘れないで?」

「……」

「さあ、皆さん支度しましょう!」


 パンッと両手を打ち鳴らした杠葉さんの喝をきっかけに、タツさんも今日子ちゃんもそれぞれ準備に入る。俺は何も言い返せないまま、十分後にタツさんの後ろに付いて用意されたワゴン車に乗り込む事しかできなかった。

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