第51話

翌日の午後五時過ぎに、俺はユズリハ探偵事務所に出勤した。朝、昨日と同じように出勤の準備をしていたら、ふいに俺のスマホが杠葉さんからのメール着信を知らせてきた。


『今日の出勤は、午後五時にお願いします』

『どうしてですか?』

『今日の業務は特別なものになりますから。それに、昨日タツさんが渡してくれた資料、まだ内容がきちんと頭に入れ切れていないでしょう? 時間が来るまで、しっかり覚えておいてください』


 どこまで人の事を見抜いているんだと、俺はほんのちょっとだけ怖くなった。他の誰かの目に触れさせさえしなければいいからと、タツさんに強引に持って帰らされた書類は確かに量が多かったし、何より強請りに必要な情報である事を考えれば、記憶する気なんて全く起きなかった。だから鞄の中に入れっぱなしだった。


「正義の心を持った強請り屋なんだよ」

「強請りがいのあるクソ野郎だから」


 昨日までのタツさんの言葉が頭に浮かんで、それを振り払いたくて何度も頭を横に激しく振った。


 どんな言い訳を連ねてみたところで、強請りは強請り。どんな人が相手かなんて関係なく、やっちまったら犯罪でしかない。いずれ母親の大好きな二時間ドラマみたいに、あっさり自滅するに決まってるんだから。


 そう思ったからこそ、書類の内容なんて一文字だって覚える気が起きなかったし、強請りはもっと嫌だった。


 杠葉さんからのメールが来なければ、このまま職務怠慢という形を取って、何もしないつもりだった。そうすれば、もしかしてって考えていたのに……。


「ふぅ……」


 どうしようもなくなって、俺はため息をつきながら鞄の中の書類を引っ張りだした。一番上の書類に収まっているのは、今度の強請りのターゲットだという人物の細かい個人情報だ。ここだけはしっかり覚えておけよと、タツさんに何度も釘を刺されたっけな。先日まで続いていた大学での試験を思い出しながらも、俺はその一枚をしっかりと見据えた。


 やっぱり、信じられない。何がって言われたら、ひとまず端から端まで、何もかもが全て。特に今回のターゲットとされているこの子、本当にそれだけの事をしでかしたのか? 杠葉さんとしての探偵の腕を疑うつもりはこれっぽっちもなかったけれど、漫然とした気持ちを抱えながら俺は出勤する事になった。

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