第50話
まだ両足にうまく力が入らず、ふらついてしまう園田芳江が心配にでもなったのか、今日子ちゃんが「駅まで送ってきます」と言って一緒に事務所を出て行った後、少し冷めてしまったコーヒーを啜った杠葉さんの口からほうっと深いため息が漏れた。それを聞いた俺はたまるにたまった疑問を投げかけずにはいられず、杠葉さんのデスクにだんっと両手を突いて上半身を乗り出した。
「杠葉さん! あの後、一人で調べてたんですか!?」
「何の事!?」
「とぼけないで下さいって! 俺とあの喫茶店で別れた後、新見綾香を尾行したんでしょ!? だからあんなに詳しく調べられたんだ!」
「尾行したのは、新見綾香だけじゃないけど?」
「そうじゃなくて! 何で俺に……」
「手伝わせなかったんですか、とでも言うかしら?」
コーヒーカップを置きながら、小首をかしげてくる杠葉さん。彼女がいったいいくつかは知らないけれど、子供しかやらないような仕草が妙によく映えるっていうか、うまく魅せてくるっていうか……いやいや、そうじゃなくて!
「仕方ないでしょ、聡くんにはまだ厳しいと思ったんだから」
そう言って、杠葉さんはふうっと長い息を吐いた。
「園田幸人と新見綾香のあの会話の裏付けをするには迅速な調査が必要だったし、園田芳江を納得させる確かなものも欲しかったのよ。私のペースで合わせてもらったら、聡くんの体力もたなかったでしょうし」
「え、いやいや! サークルでそれなりに体力鍛えてるっていうか」
「それでも、まだ無理よ。喫茶店で別れてから始発が出るまでの時間、ひたすら走って粘って証拠集めするなんて」
「え……?」
「だから、また今度ね? それまでタツさんに鍛えてもらうのもいいわよね♪」
杠葉さんがくすくす笑いながらそういうのと、事務所のドアが慌ただしく開いて、タツさんが中に走り込んできたのはほぼ同時だった。
「杠葉さん! 曽我達雄、ただいま戻りましたぁ!」
「お疲れ様です、タツさん。首尾はどうでしたか?」
「杠葉さんの読み通りでした! 証拠も押さえてバッチリです!」
「ありがとう。こっちも園田芳江から裏オプションの依頼を受けたから……これで明日から何の遠慮もなく動けるわね」
もう一度、杠葉さんがくすくすと笑う。まるで新しいおもちゃを買ってもらった小さな子供みたいだ。
リクライニングチェアーから立ち上がって給湯室へと行ってしまった杠葉さんの背中を見ていたら、タツさんがこっそりと耳打ちしてきた。
「聡、お前も明日の裏オプション行くんだぞ」
「えっ……だって、それって!」
「ああ、強請りだ。でも安心しろ。今回は強請りがいのあるクソ野郎だから」
そう言って、タツさんは手に持っていた書類の束を俺に押し付けてきた。
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