第49話

「わ、たしは……何て、ひどい誤解をっ……!」


 顔を覆う指の間から、園田芳江の嗚咽が漏れていた。


「新見先生に、申し訳ありませんっ……。きっと私や隆司に、気を遣っていてくれたでしょうにっ……私は、学校で顔を合わせるたびにっ、ひどく横柄な態度を……! 主人にだって……!」

「大丈夫ですよ、園田さん。落ち着いて下さい」

「落ちつける訳ありません。息子の変化に気付きもせず、自分一人が耐えているんだと犠牲者ぶって……! 本当に、本当に申し訳なくてしょうがないんですっ……!」

「……」

「……やめさせて下さい」

「調査をですか?」

「違います! 息子へのいじめをです!!」


 ばっと顔を上げた園田芳江の頬は涙の筋道がいくつも出来上がっていて、メイクがズダボロだった。でも俺は、そっちの方がいいなって思っちまったんだ。誤解が解けた事で、こんなに必死になって後悔して、反省して、新たな依頼をしようとしている母親の姿っていうのはこういうもんなんだって。


「お願いです、息子を助けて下さいっ」


 園田芳江は、杠葉さんをまっすぐに見つめながら言った。


「依頼内容を変更させて下さい。そこまで分かってるなら、相手も……隆司をいじめてる子供の身元も分かってるんでしょう!? だったら、今すぐいじめをやめさせるように……! お願いしますっ……!!」

「園田さん、何か勘違いされていませんか? 私どもは探偵ですよ?」


 何度も助けを乞う園田芳江に対して、杠葉さんの声は少し冷たく聞こえた。背筋をまっすぐ伸ばしてきれいな姿勢を保ったまま、彼女をじっと見据えている。


「何でも屋という訳ではないので、通常業務では・・・・・・そういった依頼は受けられません」

「分かってます、自分がメチャクチャな事を言ってるのはっ……! でも、主人や新見先生の心遣いを思えば、とても……だから、お願いです! どうか……!」


 こんな事を言っては、何度も何度も頭を下げ続ける園田芳江に、俺は心がぎゅうっと痛くなってきた。頼む、杠葉さん。本当に探偵の仕事がここまでだとしても、もっと何かできる事はあるんじゃないのか!? もっと、俺達にできる何かが……!


 そう、思った時だった。


「……では裏オプションを、ご利用になりますか?」


 これまでとは全く違う声色で、杠葉さんが問いかけた。


「園田さん。当社の裏オプションをご利用になられるのであれば、その依頼しかとお受け致します」

「裏、オプション……?」

「ええ。私達、強請り屋ですから」


 何の戸惑いもなく言い切ると、杠葉さんはにこっと優しい笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、隣にいた今日子ちゃんがぼそりと「またエナドリ買ってこなくちゃ……」と呟くのが聞こえた。

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