第48話

「ご主人はとても家族思いの優しい方だと、職場の人達は皆、口を揃えて言っているようですよ」


 杠葉さんの言葉はさらに続いた。


「だからこそ、隆司君の体を見て行動を起こさないでいられなかったんでしょうが、同時にあなたへの配慮も欠かさなかった。あなたの性分から考えれば、事を無駄に大きくさせ過ぎてしまい、あなたや隆司君をさらに傷付ける事になるかもしれない。下手をすればマスコミが聞き付けて、面白おかしく書き立てる事も考えられたでしょう。だから、担任である新見綾香にまずは相談を持ちかけた」

「じゃあ、あの父親参観があった頃には、隆司はもう……」

「いじめを受けていたと見て、間違いないと思います」

「……」

「新見綾香も何度かいじめの現場を目撃し、加害生徒に対して適切な指導を行うべく奮闘していましたが、その生徒も親もどうにも性根が腐っている輩でして、一向に聞く耳を持たず、さらにいじめはエスカレートしたようです。校長にも話はしたそうですが、のらりくらりとかわされ、現在に至るというところですね」

「そ、そんな……」


 自分のみっともない思い込みや、それを遥かに上回るひどい現実にすっかり打ちのめされてしまったのか、園田芳江は全身の骨や関節がなくなってしまったのかと思うほどに脱力して、へたりと床に座り込んでしまった。そのまま今にも突っ伏してしまいそうだったから支えようかと慌てて椅子から立ち上がったけど、そんな俺より何倍も早く、今日子ちゃんが彼女の元へ駆け寄っていた。


「大丈夫ですか? ご気分が優れないようなら、少し横になっても……」

「いいえ、大丈夫です……」


 さっきまでの勢いはどこへやら……みたいな展開もよく聞くけど、まさか現実で見られるなんて思ってなかった。園田芳江はまるで空気が抜けた風船みたいになって、うまく聞き取れないくらいの小さな声を出した。


「聡くん、何やってんの? 園田さんをソファに座らせてあげて?」


 そんな彼女を少しの間憐れむような目で見ていた杠葉さんだったけど、すぐに気品のある眼差しをこっちに向けながら指示を出してきた。それで出遅れていた俺の体はようやく椅子から離れる事ができて、今日子ちゃんと一緒に園田芳江をソファに座り直させる事ができた。


「園田さん。あなたのご主人は息子さんのいじめをきっかけにして不倫をしでかすような不届き者ではありませんし、新見綾香に至ってはもっとあり得ません。彼女は奨学金制度でようやく大学を卒業し、念願だった教師の職を辞してまで今回の件を解決させようとしてるんですから」

「えっ……!」

「ギリギリまであなたに知らせない範囲で動き続け、出る所に出て現状を報告しようとしています。その際、己の監督責任問題も全面に出し、迷う事なく辞職する考えですよ?」


 いいんですか、それで?


 杠葉さんの締めの言葉がトドメになった。園田芳江の両目からはボロボロと涙が溢れ出し、それを見られまいとでもしているのか慌てて両手で顔を覆った。

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