第46話

「あの二人は、絶対に不倫してるんですっ……!!」


 唇を強く噛みしめてから、園田芳江が言った。


「主人は家の事はいつも私に押し付けて、満足に手伝ってもくれない。たまに気まぐれに息子と遊んでくれても、それはあくまで周囲に『優しい父親アピール』をしているだけで、ひいてはあの女教師の気を引きたいが為です!! それでついに道を踏み外し、あなた方も二人でいるところを確認したっていうのに、それでどうして不倫じゃないな、んてっ……!!」


 うわ、何かデジャブ? つーか、昨夜母親が撮りだめしてた不倫系サスペンスドラマの主人公の女が親友に言ってたのとほぼ同じセリフだぞ!? マジか! 現実の世界でもこんな事言う人いるんだ!? これぞまさしく、ドラマの見過ぎって奴なんじゃ……。


 そう思ってドン引きしそうになってた俺だけど、セリフの途中からこぼれ出してきた園田芳江の涙を見てしまったら、そんな気持ちも失せた。


 悔しくて泣いてるのか、悲しくて泣いてるのかは分からない。でも、少なくとも本気で思い悩んでいるからこそ出てきている涙である事には違いないだろ。いくら人生経験が少なくてお気楽そうに見えてる大学生にだって、それくらいは分かるってもんだ。


 今日子ちゃんも見るに耐えられなくなったのか、パソコン作業をしていた手を停めて立ち上がり、給湯室の方へと行ってしまう。俺も何だか居たたまれなくなってきて、ゴミ出しでもするふりをして外に出ていようかと椅子から腰を浮かしかけた。すると。


『……本当に、いいんですか?』

『ええ、私は構いません。覚悟はしてきましたから』


 昨日聞いた時より、さらにクリアに聞こえる音声。さすが今日子ちゃん、仕事が早いな……じゃなくて! 俺が急いで二人の方へと顔を向ければ、ローテーブルの上には昨日の録音機能付きの指向性盗聴器が園田幸人と新見綾香の会話を再生させていた。






『……やっぱりやめて下さい。まだ若い新見先生が、そこまでする事ないです。あなたにだって未来はあるんですから』

『未来って、どんな未来ですか? とても口では言えないようないじめを受けている一人の生徒を見捨てて、何もなかったようなふりをして教員生活を続ける。そんなのは、私の目指す教師像ではないです』

『……』

『今までさんざん手を尽くしてきました。当事者の生徒にも諭してみたり、校長達にも話してみました。でも、何も変わらなかった。私一人の力じゃ、何もっ……』

『だからといって……自分もお手伝いします。妻にも本当の事を話して、夫婦で……いや、息子も一緒になって戦いますから』

『ダメです、園田さん。奥様が息子さんがひどいいじめにあっているだなんて知ったら、どう思うか。これまで気付けなかったっていう罪悪感まで背負う事になるんですよっ……』






「ひとまず、ここまでにしましょうか」


 そう言って、杠葉さんは盗聴器のスイッチを押して再生を止める。そして今度は小刻みに震え始めた園田芳江に向かって、彼女が望んだ通りに調査報告をした。


「園田芳江さん。ご主人である園田幸人さんと、息子さんの担任である新見綾香先生は不倫などしていません。あなたの息子さん――園田隆司そのだたかし君に対するいじめについて話し合っていました」

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