第45話

「……調査内容の件ですが、最初からきちんと言ってもらってもよろしいでしょうか?」


 翌日の午後。俺や今日子ちゃんが事務所でコンビニ弁当を食べ終えたそのタイミングで、園田芳江がやってきた。その表情は想像以上に険しく、駅からここまで早足で来たのか、少し息が上がっていた。


 それより少し前に小さなおにぎり二つを食べ終えていた杠葉さんは、園田芳江の訪問をよほど心待ちにしていたのか、満面の笑みを浮かべながらソファへと案内する。そして「今日はとてもいい天気ですね」とか「お茶を出しますけど、コーヒーと紅茶どちらがお好みですか?」なんて穏やかに話し始めたんだけど、それらを一切無視した園田芳江の第一声が先のものだったって訳だ。


「最初からきちんとって、今回の調査内容はうちの岸間が先ほどメールを出した通りなのですが……聡くん? ちゃんとメール送信した?」


 首を少し伸ばすようにして、杠葉さんがデスクにいる俺に話しかけてくる。それと同時に園田芳江も鋭い目付きで俺をにらんできた者だから、たまらず何度も何度も首を縦に振った。


 いやいや、ちゃんと送ったって。メールアドレスも穴が開くかと思うくらい何度も確認したし、内容もある意味大学のレポート以上に緊張しながら書いたし! 今日子ちゃんに添削までしてもらったんだけど!?


 まあ、その内容が気に食わないんだろうから、ああやって俺の事をにらんでるんだろうけど……でもなぁ。


「ええ。確かに送られてきたメールは拝見しました」


 園田芳江が心底納得いかないと言わんばかりの低い声で切り出した。正直言って、マジで怖い。不倫とか浮気が絡むと、女ってここまで殺気を出せるもんなのかと初めて知った。なのに、よっぽどの経験値があるのか、それとも探偵家業ですっかり慣れっこになっているのか、杠葉さんも俺の近くで傍観している今日子ちゃんも全然怯む様子がなかった。


「でも、私の望んだ結果ではありませんでした。あなた達、ちゃんと調べてくれたんですか!?」

「ええ、もちろんです。わが社の優秀な探偵がしっかりやってくれました」

「だったら何で!? 何でうちの主人とあの女教師が、不倫など全くしていないなんて結果になるんですか!?」


 コーヒーか紅茶を持っていかなくて正解だったなと思えるくらい、園田芳江がソファとセットになっているローテーブルに両手のこぶしをガンガンと叩き付ける。「嘘よ、嘘よっ!!」と連呼しながら、親の仇みたいに憎々しげに。


 この場にいないタツさんが、心底うらやましかった。近くにある定食屋で昼食を済ませたら、そのまま張り込みに行くとか言って出て行ったきりだ。早く帰ってきてくれないかと、主のいないデスクに俺が視線を向けた時だった。

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