第42話

杠葉さんの言う通り、目の前の角を右に曲がって少し進んだ先は袋小路となっていて、繁華街の程近くにしてはずいぶんと地味な外装をした店舗の数々が軒並みを並べていた。


 どこかのチェーンのラーメン屋だったり、『デカ盛りが自慢!』と貼り紙を貼った古びた定食屋だったりと本当に様々だったが、そんな中、園田幸人がきょろきょろと周囲を窺うように見渡してから入っていったのは、他とはまるで一線を画したレトロな雰囲気が滲み出ている一軒の喫茶店だった。


 カランコロンと懐かしい響きのするベルの音が、その喫茶店のドアをくぐっていく園田幸人を出迎えるように鳴ったのを確認してから、杠葉さんはさらに歩を進める。俺はただ彼女の両腕に引っ張られるだけだ。


 外壁に大きな窓ガラスをはめ込んでいる喫茶店は本当に店内が丸見えだった。だが、その中のいくつかの席に座っている客達は誰もかれもがリラックスした表情でそれぞれの注文した品を楽しんでいるように見える。少なくとも、俺の目には居心地が悪そうにしている奴の姿なんて……。


「嘘だろ……」


 いや、違った。和やかな空気が流れているだろうその喫茶店の中でただ一人、一番端っこのボックス席にずいぶんと緊張した面持ちで座っている女の客がいた。コーヒーカップっぽい物がテーブルに乗っていたけど、そいつはそれをただ静かに見下ろしているだけで一切口をつけず、やがて近付いてきた園田幸人に気付くと、急いで席から立ち上がってぺこりと頭を下げていた。


 そんな、マジかよ。だって、あの人は……。


「どうしました、聡くん?」


 喫茶店のドアから少し離れるように距離を取ろうとしていた杠葉さんが、不思議そうに声をかける。俺は少しの間、何も言えずに固まってしまっていたが、ぐいっと杠葉さんの両腕が促すように引っ張ってきたから、いつまでもだんまりでいる事はできなかった。


「いや、あの……園田幸人が今近付いていったのって」

「知ってる顔なの?」

「知ってるも何も、さっき会ったんです」

「さっきって……まさか、新見綾香!?」


 これにはさすがに驚いたのか、杠葉さんも声が少し大きくなる。大きな窓ガラス越しに見える新見綾香は昼間に見たジャージ姿なんてとんでもないと言いたくなるくらい小ぎれいでしゃんとしたスーツを着ていたし、ゆらゆらと揺れていたポニーテールもきっちりとしたアップヘアに結い直していた。


「そう。これで可能性はさらに10%増しね」


 こくりと頷くと、杠葉さんは俺の顔を素早く向き直った。そして「聡くんは店内で一言もしゃべっちゃダメよ?」としっかり念押しすると、そのまま何のためらいもなく喫茶店の中に俺を引きずっていった。

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