第40話
「とことん付き合ってもらうって、この事かよ……」
タツさんも今日子ちゃんも帰った後、杠葉さんが給油室から持ってきたのはずいぶんとラフなデザインのパーカーにシャツ、そしてズボンの一式だった。「これに着替えてちょうだいね」と言っていた杠葉さんも例の灰色のレディーススーツなんかじゃなくて、ファッショナブルかつずいぶんと動きやすそうなパンツスタイルを着こなしている。
それに慌ただしく着替えさせられ、問答無用で連れてこられたのは、事務所から三十分ほど歩いたオフィスビルの真下だった。ちょうど定時を過ぎた頃合いだったから、今日一日の戦闘を終えたサラリーマン達がこぞって疲れた顔をしながらビルの入り口から出てくるのが見えた。
「あの、ここって……」
入り口から九十度回ったビルの壁に背中を付けて佇みつつ、その目は出てくるサラリーマン達を見つめ続ける杠葉さん。何となくそんな気はしていたが、ひとまず確証が欲しかった俺が尋ねてみたら、「園田幸人の職場よ」と想像通りの答えが返ってきた。
「タツさんの調査通りなら、園田幸人は今日定時上がりのはず。会社単位での飲み会や接待なども予定にないので、特にやましい事がなければまっすぐ自宅に戻るでしょう。そこまでを尾行します」
「え、じゃあこれって……」
「所長直々の特別実践訓練といったところでしょうか。まあ、学校の補習のようなものだと思って下さればいいですよ」
補習って……嫌な言葉を使うなぁ。
高校時代の苦々しい思い出しか蘇ってこない単語二文字が頭の中をぐるぐるとして、気持ちがげんなりしてくる。思わずガクッとうつむいてしまったが、そんな俺の腕を杠葉さんが強く引っ張った。
「出てきましたよ、聡くん」
「え……」
杠葉さんの言葉につられてビルの入り口を見てみれば、確かに他のサラリーマン達に混じって、園田幸人が出てきた。何かよほど大変な事でもあったのか、疲れきっている周りの連中とまた違って、ずいぶんと険しい顔をしながら唇を噛みしめていた。
「あら。これはまた尾行しがいのあるいい表情をしてますね」
どこか楽し気な感じでそう言うと、杠葉さんは俺の腕を掴んだままビルの影から出る。特に踏ん張ってもいなかった俺の体はあっという間に杠葉さんに引きずられ、たたらを踏みながらも何とか後に付いた。
「あ、あの、杠葉さ……」
「しっ、大きな声を出さない」
杠葉さんの細い両腕が俺の右腕にしゅるりと巻き付き、肩に柔らかい髪の毛がしなだれかかる。えっ、えっ!? これって誰がどう見たって、杠葉さんが俺に甘えるように寄り添ってる感じにしか映らないんじゃ……!?
「このまま、園田幸人を尾行します」
杠葉さんの小さな声が、俺の耳元をくすぐってくる。このままって、まさかこの状態のままって事か!?
「少し無理があるかもしれませんが、これなら彼女の方が年上だというカップルに見えなくもありませんからね。聡くんはただ、普通に歩いていてくれたらいいですよ」
普通にって、普通ってどうするんだったっけ……!
俺はいろんな意味で急に忙しなくなってきた心臓の音が杠葉さんや周囲の人達に気付かれやしないかと心配しながら、何とか歩を進めていった。
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