第39話

「大変お待たせしました、これでひとまず金銭面での裏付けはできるかと」


 それから三十分以上かけて今日子ちゃんがプリントアウトしてきた書類に載っていたのは、以前と同じように半径二十キロ圏内に店を構えている金融会社全ての借入リストだった。


「達雄さんの言う通り、園田芳江が家の金銭管理に厳しいようなら、浮気や不倫をしている男がお金を工面しようとする場合、方法が大抵限られてきます。しかも超がいくつか付くくらいのクソ真面目な性分ならなおさらです」


 今日子ちゃんの口からもクソという言葉が出てきたのに若干引いてしまったのは置いとくとして、皆で隅から隅までチェックした結果、どの借入リストにも園田幸人の名前は見当たらなかった。


「そうね。不倫なんて、当人達が思っているよりもずっとお金がかかるもの。本妻や周囲にバレないようにってどんなに気を付けて自宅デートを繰り返したところで、すぐに物足りなくなって派手な刺激を求めるようになる。だから外出が増えて、私達に必要以上のチャンスをくれるの」


 そう言いながら、杠葉さんも書類を穴が開くかと思うほどに凝視する。どこをどう見たって、彼の名前も借り入れた金額もないんだから、次はどうしようかって対策でも練ってるんだろうか。


「杠葉さん、次は何をしましょうか……?」


 しゃんと背筋を伸ばして、タツさんが次の指示を待つ。今日子ちゃんも同じ気持ちなのか、デスクに戻ってパソコンのキーボードに手を伸ばしていたが。


「いいえ、今日はもう大丈夫です。ちょっと早いですけど、タツさんも今日子ちゃんも終業して下さい」


 にこっと優しい笑みを浮かべながら、杠葉さんがそう言った。


「この事案、後は全て私が引き継ぎます」

「え、でも……!」

「大丈夫ですよ、タツさん。もうすぐ健太君の学童が終わる時間でしょ? 早く家に帰ってあげないと」

「杠葉さん。私、本日は残業可能ですが」

「今日子ちゃんも大丈夫よ。残念だけど、ここから先は未成年立ち入り禁止になっちゃうから」

「そうですか、分かりました」


 大丈夫と同じ言葉をかけられているのに、おろおろと申し訳なさそうにするタツさんとは対照的に、今日子ちゃんはあっさりと引き下がってノートパソコンの電源を落とす。そんな二人を見ていたら、ふいに杠葉さんが俺の肩にぽんと手を置いた。


「聡くん」

「え、はいっ!」

「聡くんは今日は大丈夫……?」

「え……」

「今日はとことん、私に付き合ってもらうから」


 杠葉さんの小さな口元がゆっくりと弧を描く。俺は思わず変な想像をしてしまって、ごくりとつばを一つ飲み込んだ。

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