第38話

「探偵の業務に必要なのは、あくまで誰が見ても正しい結果に繋がるような客観的事実です。今の聡くんの報告は、情報提供者から聞かされた話を裏付け確認もしないまま鵜呑みにし、そこから湧き出た個人的な感想をさも手柄のように言い連ねただけ。そんなもの、とても依頼主にお話できません」

「なっ……鵜呑みとか、そんなんじゃ! 実際、俺は新見綾香と話しましたし!」

「話した? どの程度ですか? ほんの数分、ほんの二言三言でターゲットの何もかもが分かるはずありません。そんな事ができていれば、私達の仕事はこの世から必要とされなくなります」


 だから、0点なんです。最後にそう言って、杠葉さんは俺から目を離した。


 何だよ、それ。確かに新見綾香とはほんのちょっとしか話してないし、それで相手の全部が理解できるはずもないかもしれないけど、何もそんな言い方しなくたっていいだろ。こっちは初めての仕事で、しかもいきなり実践めいた事をやらされたんだ。うまくいくわけないじゃねえかよ。


 何が、私達の仕事はこの世から必要とされなくなるだ。強請り屋が偉そうに……!


 ムカムカが抑えられなくて、何か一言言ってやろうと思った時だった。俺の隣でタツさんが次の報告を始めたのは。


「すみません、杠葉さん。聡の仕事不足には、俺にも責任があります。調査現場が息子の通う小学校だったんで、俺が行く事ができなかったんです」

「あら。健太君、高峰小だったの?」

「はい、書類チェックの際に見落としてました。それで俺が園田幸人の身辺調査に回るしかなく……」

「そうだったの、それで?」

「はい。園田幸人の午後二時までの行動を調査並びに尾行しました。今日は業務開始直後から単独での外回り中心で行動していましたが、特に怪しげな動きは見せていません。移動中にスマホをいじる事もなく、昼食の際に立ち寄ったそば屋でも見ているのは仕事関連の書類ばかり。わざとぶつかって財布を落とさせてやった際、中に園田芳江と一人息子と思われる男の子が写った写真が入っていたのを確認しました。あと、園田芳江の小遣い管理がかなり行き届いているのか二万円ほどしか入ってませんでしたし、どこかからの借り入れ書などもありませんでした。以上から、まあ個人的見解を言いますと、超がいくつか付くくらいのクソ真面目で家庭的な理想の男像が窺えるかと」


 ……何だそれ、何だそれ、何だそれ! 俺がツナギ服着ておばちゃん達に弄られまくってる間、タツさんどんだけ調べてきたんだ!?


 噛む事もなく、一気にすらすらと報告していくタツさんのその言葉に、俺がさっきまで得意げに話していた事は本当にただの個人的見解だったって事を思い知らされる。しかもさりげないタツさんのフォローのおかげで、場の空気が全然悪くなってないっていうか……。


「そうですか、タツさんご苦労様でした」


 軽い会釈をしながらそう言うと、杠葉さんは再び俺の方を見てくる。今度は何も言ってこなかったが、何だか余計に怒られてるような気がして、頭の中の不平不満なんかどこかに吹っ飛んでいってしまった。


「すみません……」


 杠葉さんの視線に耐えきれなくて、つい口からそんな言葉が漏れる。すると、その言葉に今日子ちゃんが素早く反応した。


「別に謝るところじゃないですよ、聡さん。杠葉さんも、初心者相手にスパルタが過ぎます。前任者もそんな調子だったから三日で逃げちゃったじゃないですか」

「あら、そうだった?」

「ええ。聡さんはご自身でスカウトしてきたんですから、もう少し優しく手綱を引いてあげて下さい」

「はいはい。ところで今日子ちゃん」

「もうやってます」 


 そう返事した今日子ちゃんの両手の指は、もうマッハと思えるくらい早くノートパソコンのキーボードを叩いていた。

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