第37話

「……俺は、浮気とか不倫は事実無根だと思います!」


 午後四時過ぎ。ユズリハ探偵事務所に戻ってきた俺は、経過報告という事でタツさんと一緒にユズリハさんのデスクの前に並んで立ち、さっきタツさんに話した事を一言一句違える事なく話した。絶対にそうだ、間違ってるはずがないっていう確信があったから、自信たっぷりに言い切って。なのに、俺の話を聞いていた杠葉さんの顔は全く晴れやかじゃなかった。


「聡くん」


 ひと通り話を聞き終えた杠葉さんは、はあ~っと大きなため息を一つついてから俺の名前を呼ぶ。その時、俺の隣に立っていたタツさんが大げさなほどびくうっと肩を震わせていたのが目の端に留まった。


「申し訳ないんだけど」


 杠葉さんが、俺をまっすぐ見据えながら言った。


「もう一度、さっきの話を聞かせてくれないかしら?」

「え?」

「え、じゃなくて。はい、もう一度」

「は、はい……」


 何でもう一度? 何か聞き漏らした事でもあったのかよ、あんなにはっきりと言ったのに。ちゃんと聞いててくれよ。そんな不平不満を頭の中で繰り返してから、俺は三度目の説明を始めた。


「だから……新見綾香は、浮気や不倫の相手が務まるような先生じゃありません。情報を提供してくれたおばちゃん達の話だと、新見綾香は高峰小の中で一、二を争うくらい人気の高い先生だそうです。誰に対しても礼儀や礼節を忘れない人格者な上に、仕事もていねいで非常に熱心。だから生徒や保護者はもちろんの事、同僚の先生や教頭、果てには校長先生からの信頼も厚いって評判なんです。そんないい人が、道に外れるような事するはずないですよ!」

「聡、お前なぁ……」


 大学のレポートにだってここまで熱くなれた事はないって思えるくらい、俺は力説してやった。なのに、タツさんはそんな俺を「こいつ、やっちまいやがった……」と言わんばかりの引きつった笑みを浮かべて見てくるし、後ろのデスクに座っていた今日子ちゃんは逆に見てられないって感じで目を背けてくるし、杠葉さんは頭痛でもしてきたのか片手で頭を抱えていた。


「……聡くん、0点です」


 少しの間を置いてから、杠葉さんが頭を抱えたままではっきりとそう言った。


 は? 0点? 0点って、点数の事か? 何で? 何でそうなんの?


 言われた言葉の意味が全く分からないし、飲み込む事もできなくて、俺はぽかんと突っ立ったまま、リクライニングチェアーに座っている杠葉さんを見下ろす事しかできない。杠葉さんはそんな俺を強い眼差しで捉え続けながら、「聡くんの今の報告は、報告でも何でもありません。ただの個人的な見解です」と言い切った。

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