第36話
午後二時半を少し過ぎた頃になって、ようやくおばちゃん達から解放された俺は、そのまま高峰小学校の校門の外へ出て、200メートルほど西に向かってまっすぐ歩いた。
足取りは重かったものの、数分ほどで見えてきた無人のコインパーキング場には一台のワゴン車しか停まってなくて、他に誰の目も見当たらない。その事にほっと息をついた俺は、迷う事なくワゴン車に向かい、その後部座席のドアを思いっきりスライドさせた。
「よう、お疲れ。腹減ったろ? これ食えよ」
ワゴン車の運転席にはタツさんが座っていて、カーステレオからはのんきな歌謡曲が流れていた。昼休憩は午後十二時から一時の間に取れって今日子ちゃん言ってたのに、何で俺は遅めの昼メシの上に、タツさんが差し出してきたコンビニ袋の中身があんパンと牛乳なんだよ!?
「俺、昭和の刑事じゃないんですけど……」
「知ってるって。まあ、雰囲気だよ雰囲気」
そう言って、タツさんはケタケタと笑う。もうとっくに昼メシも食べてるんだろう。ついさっきまで一服でもしていたのか、運転席からうっすらとたばこの臭いがした。
メシはショボいが、何も食わないよりはましだと、一応「いただきます」と行って、口にあんパンを突っ込む。一時間以上みっちりと清掃とおばちゃんの相手をしていた体に、あんパンの程よい甘味がよく染みた。
「で? 首尾はどうだった?」
あんパンを半分ほど食べたところで、タツさんが聞いてきた。その手にはびっしりと文字で埋まっているメモ帳があったが、俺はそれより先に確認しておきたい事があった。
「それより先に聞きたい事あるんですけど……タツさん、あの小学校にあんたの子供いたんだな!?」
「ぎっくぅ……!」
実に分かりやすい動揺が、タツさんの両肩に現れる。そして何秒と経たないうちに彼はそろそろと肩越しに俺を振り返ってきた。強面に貼りつけてはいけない類の情けない表情をしていた。
「い、いやぁ……。息子には、俺が探偵してるって言ってなくってな。もしかして、息子に会ったか?」
「強請り屋の間違いだろ……ええ、たまたま偶然ですけど」
「あ、怪しまれてたりしてないだろうな!?」
「とっさにごまかしたんで……まあ、あんたが仕込んでくれたセリフのおかげで、おばちゃん達からはずいぶん哀れな奴として構われたけどな!?」
「よし、だったら問題なし! とりあえず健太の事は横に置いといて、改めて首尾を聞かせてくれ!」
何が問題なしなんだとか、いろいろ突っ込みたい事は山ほどあったけど、俺はとりあえずおばちゃん達が言っていた事をそのままタツさんに伝えた。するとタツさんは、今度はその強面にさらに岩が乗っかったんじゃないかって思えるほど固い表情を貼り付けて、
「そうか。じゃあ、一度事務所に戻るぞ。杠葉さんに報告しないと」
とだけ言うと、勢いよくワゴン車のエンジンをかけた。
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